ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
内容は、文学・言葉・読書・ジャズ・金沢・教育・カメラ写真・弓道など。一週間に2回程度の更新ペースですが、休日に書いたものを日を散らしてアップしているので、オン・タイムではありません。以前の日記に行くには、左上の<前月>の文字をクリックして下さい。
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今から二十五年ほど前の夏、NHKラジオ第一で、ラジオドラマシリーズ「黒後家蜘蛛の会」(アイザック・アシモフ作)が、連夜、放送された。女人禁制のクラブに集うなじみの客が不可解な話をし、皆でそれを推理する。でも、いつも最後に給仕のヘンリーが図星の答えを言って終わるのである。安楽椅子探偵もののバリエーションといったところだが、アシモフの筋立ての面白さ、ヘンリー役の久米明のはまり具合、第一話だけで魅了され、毎回、聞くのが楽しみだったことをよく覚えている。アシモフの名もその時覚えた。その時まで、SF界の巨匠なんてことは知らなかった。 因みに、この小説、創元推理文庫から「黒後家蜘蛛の会(1)〜(5)」(池央耿訳)として、今も現役で出ている。
先だっての部合宿の時、同世代で、お宅も我が家のご近所の同僚と同室だった。夜、ビール片手に昔話になる。深夜放送全盛で、オールナイトニッポン(ニッポン放送)やパックインミュージック(TBS)なんかを必死で聞いていた世代だ。ナッチャコパック(金曜日担当)の話も出る。「早稲田の星」なんていう投稿者のペンネームまで覚えている。 あの頃、BCL(海外短波放送傍受)も盛んで、彼は、多バンドのラジオが欲しくてたまらなかったという。私は買ってもらったよ、羨ましいでしょと、威張ってみる。 でも、まあ、ここまでは、我々同世代の定番話題である。
あの頃は、お互いラジオ少年でしたねと相槌を打って、短波や深夜放送だけでなく、私は、よくNHKのラジオドラマも聞いていました。ご存じないでしょうけど、夏にアシモフの「黒後家蜘蛛の会」というのをやっていて……と話しはじめたら、彼、よく知っています。あれに感動して、以後のドラマシリーズ、第一からFMに放送が移ってからもずっと聞いていましたとのたまう。私よりフリークで、なんと、実家のどこかに、今でも録音テープがあるはずだという。傑作ですよね、アシモフもあれで知りました。それまで、全然、興味なかったけど、あれでドラマ(劇)もいいモンだとはじめて思いましたと語った。 私は、彼に近寄って、握手したいくらい嬉しかった。今まで、この話をして、知っていた人はいなかった。無理もない、深夜放送みたいなブームでもなんでもない、四半世紀前の、ただのNHKの日々の放送である。 あの頃、お互い知らない青年が、ラジオドラマを聞いて感激し、今も、しっかりそれを覚えている。自分だけじゃない、同じ時に同じ思いをした人がここにいる。紛うことなくあれは名作ドラマだった。そんな思いを今でも抱いていた人がいたという共有感。 もう五年も職場でご一緒だが、お互い、そんな話はしたことがない。仕事の話かご近所話題が関の山である。職場みんなでこんな話できたら、仕事もスムーズにいくだろうに……。何か、心の懐かしい部分を隠して、大人という生き物は、あくせく仕事にいそしんでいるようなのだ。 夜1時頃まで雑談して、明日があると慌てて寝たのだが、ひどく満足した気持ちの一夜だった。
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