ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
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ハンセン病の偏見と闘う象徴的な存在だった浅井あいさんの書物。歌人でもあるので、前半は歌集、後半はエッセイの体裁をとる。 彼女は金沢出身。14歳で発病、地元を離れ、長く群馬の療養所での生活を余儀なくされた。国家賠償請求訴訟原告の一員として全国的に有名になった人だが、、平成13年、母校の金沢大学附属中学校から67年ぶりの卒業証書を受けとり、石川では大きな話題になった。その彼女が、8月3日、85歳で亡くなった。そのことが念頭にあったので、図書室でこの本を見つけ、今、読むべきと通読した。 司書さんの話によると、数年前、この本で校内読書会を開くに際し、療養所に電話したところ、とても丁寧な対応で、逆に感謝されたという。 この病気、昔は癩病といった。病名として漢字があるくらいだから、中国でもかなり古くからの病気なのだろう。広辞苑では「源平盛衰記」の用例を載せている。また、「かったい」とも言った。カタイの転。「異土の乞食(カタイ)となるとても、帰るところにあるまじや」(「小景異情」)のカタイである。漢字で「乞丐」とも書く。この「丐」も物乞いの意味。つまり漢字の世界では、「ハンセン病=物乞い」のイメージで繋がっている。置かれた状況がいかに過酷だったかを物語っていて、漢字を調べただけでも心重くなった。 だから、ハンセン病と言い換えたことは、古いイメージを打破するために有効だったと思う。名前だけ変えて本質が変わらない<愚>も多いが、この場合は、大事なことだったように思う。「一太郎」では、すぐには変換しない漢字扱いである。 私自身、皮膚・筋肉が冒される病気ということくらいしか知らなかったが、末梢神経系を冒す病気で、失明、難聴、それに喉もやられる病気であることを初めて知った。戦前に有効な薬が発見され、治る病気になっていたにもかかわらず、政府は「らい予防法」という昔ながらの隔離政策を変えず、患者は辛い思いをしてきたのであった。 親は彼女が去ると、すぐに彼女の全ての持ち物を焼いて、彼女の存在を抹消せねばならなかった。また、兄弟は、長年連れ添った自分の配偶者にも黙っていなければならなかったなど、家族も大変な苦労を強いられている。
そうした家族への配慮、早期に新薬を導入してくれていれば、目・耳をやられずにすんだという無念さ、同病で連れ添ってきた亡夫への思慕、亡くなった同志ともいうべき友人たちへの追懐など心情的な思いの他に、訴訟では原告として言うべきことをしっかり発言したいという意志、政府の無策ぶりへの批判、明確な反政府政党への支持など、外に向かっては、きっぱりした政治的信条を貫いている。この辺りに彼女の彼女らしさを感じる。 贈呈式の様子とあわせ、金沢への思い出を記しているが、当然のことながら全て14歳までのことに限定される。それが、六十年以上前とは思えないほどの鮮明さで語られている。おそらく何度も何度も反芻した情景なのだろう。 その後、一夜にして彼女の人生は結節点を迎え、後は療養所生活一本となる。我々は、高校時代、大学時代、初任時代、中堅時代と人生の段階を踏んでいくが彼女にはそれがない。人生、二局面しかないところに、彼女の人生の厳しさが浮き出てくるように感じた。 読みながら、この方は、金沢弁でいう「はしかい人」だったいうことがよくわかる。利発で気丈な人である。
法律は廃止された。あとは偏見との戦いでということになるのだが、人種にしろ障害にしろ「異形(いぎょう)」のものに対する差別は根強い。おそらく種の保存からくる本能的な恐怖を下地にしたものだろうが、それだからこそである。熊本のホテルの宿泊拒否事件とその後の経過を見るにつけ、易くはいかぬ道であることを実感する。 けれど、彼女の最晩年、暖かい配慮に恵まれ、光りを見いだして終えることができたことに、未来への希望を感じた読後感であった。
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