ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
内容は、文学・言葉・読書・ジャズ・金沢・教育・カメラ写真・弓道など。一週間に2回程度の更新ペースですが、休日に書いたものを日を散らしてアップしているので、オン・タイムではありません。以前の日記に行くには、左上の<前月>の文字をクリックして下さい。
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ここのところ持病の眼疾再発し、左眼曇り、合焦するに煩わし。読書・雑文書きに耐えず、当座、お休み。
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ネットのお悔やみ欄を遡っていて宇野精一の名を見つけた。七日死去。中国哲学の先生である。私は一年間授業を受けた。父親はやはり高名な中国哲学者の宇野哲人。あの大学者の御子息がこの方かと思いながら話を聞いていた覚えがある。 授業の合間にする雑談には政治の話題が多く、保守的立場が鮮明だった。学者さんなのだから、もっと外界のことを云々せず、学問的なことに集中したほうがいいのではないかと不遜にも思ったくらい政治好きの方だった。 印象的だったのは、「斎戒沐浴」の説明。「沐浴」の「沐」は頭に水をあびること、「浴」は身体を水につけることと説明した上で、「「沐」という言葉は、現代では使われない漢字だと思っていましたら、生まれたばかりの孫をお風呂に入れる時に使う入浴剤の入れ物に「沐浴剤」と書かれてあって、うれしくなりました。」とニコニコと話された。授業中、急におじいちゃんぶりがほの見えて、こちらも和んだ。 もう一つは、元号の話。昭和の後の元号をどうするか、もう関係者が集まって会議をし、原案が出来ている。役所の金庫の中にその言葉が入っているという裏話をして下さったこと。当時、昭和天皇はご病気の影もなくご壮健だったので、意外に思った。亡くなってから決めるのではないということをその時知った。だから、御崩御後、小渕官房長官が「平成」と書いた紙を公表した記者会見の時は、ああ、これを学者先生たちは協議していたのだなと、少し親しい感慨が湧いた覚えがある。 社会人になってから、地元の書店で「宇野精一著作集」の一巻を見つけ、懐かしかったのが御名を意識した最後。享年九十七歳。あの時すでにいいお歳の方だと思っていた。長命であられた。合掌。
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冬休み明け、センター試験までの数回の授業、どのセンター型問題をやろうかと考える。 去年も書いたが、評論なら、これまでどんな分野をやっていないかを考えて、その分野の問題を出す。これで、「一年間どこかで触れたはず」となる。小説も同様に、一年間かけて、読解方法の違う問題を一通りする意識で選ぶ。 業者ではないので、過去の出題傾向の把握や分析などは全然甘いものだが、商売柄、センターが近づくと、今年どんな問題が出そうか、少しは気になって予測も立ててみる。そういえば、何だかここのところ「現代小説」が多かったような……。 そこで、今の子には古めかしくしか見えない明治の小説を出してみた。この時期になると、なぜこの文章をするのかの前振りをする。この時は「今の感覚で判る現代小説がまた出ればいいけど、急に古いのが出ると焦ってしまう人がいるかもしれないから、こんなのもやっておきましょう。」というもの。したのは夏目漱石の『野分』。 で、試験一日目終了の今、情報が入った。出たのは漱石『彼岸過迄』。 万遍なくやっていくことで、当たったと言いやすい状況を作り出しているようなものなので、少々気がひけるが、直前のチョイスでもあるし……。ハイ、大当たりの部類です!! 出来不出来はともかく違和感だけはなかったハズ。淡々と選んでいるだけなのに、このところアタリが続いて、我ながら不思議。半分以上は運みたいなものか。 さて、では、この余勢を駆って、抽斗にはいったままの年末ジャンボ宝くじ、確認してこよう。
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いつもならもう少し読書ができていたが、この冬休みは、文具ムックを眺め暮らしたので、些かサボリ気味。この本が唯一の読破本となった。 作者の死後、残り物を集めたエッセイ集。前作で打ち止めかと思っていたら、単行本未発表のものがまだあり、もう一冊編んだといった感じで出ていた。対談なども収録。前作同様、冒頭に津村節子の紹介文がつく。 短いエッセイが続くが、思い出すままに書き連ねたといった書きぶりのものが多い。何度も書いている話題も多く、新鮮味には欠ける。やはり、作者の意志のもとで編まれた単行本に如くはない。 しかし、思ったほど雑然とはしていない。妻がつけたタイトル通り、調査を一人で飄々とこなしていく作者の姿が浮かび上がってきて、そこがうまく一冊を貫いている。 中間部に置かれた得意の歴史について書かれた短いエッセイ群、もともとNHK「ラジオ深夜便」のインタビューだった「鎖国と漂流民」、小沢昭一と昔の芸人について語ってお二人とも楽しそうな対談「なつかしの名人上手」が興味深かった。
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些か旧聞に属するが、年の暮れ、大学時代の友人が二人遠路来沢したので、気の張らない大衆割烹の小上がりで一席設けた。 酒は加賀鳶。肴は甘エビ、鰤の刺身、蟹の甲羅揚げ、かぶら寿司、のど黒の焼き物、香箱蟹……と地元尽くし。最近はコース料理ばかりだったので、こうしてメニューを観ながら地元のものばかりを注文する飲み方は、こちらもそんなにない経験で、ちょっと新鮮だった。 そういえば、仕事帰りなどに、ふらりと飲み屋に入って、ちょっとしたつまみで一杯やって、さっと帰るというような男っぷりのよい飲み方も、最近、したことがないなあ。 それにしても、お互いオジサンになった。特にお一人とは四半世紀ぶりの再会だったような……。でも、話を始めると、大学の学食でダベリング(死語?)していた頃と変わらない。 話題は、三十年前に触れ合った人たちの消息話が多くなる。忘れていた人も何人か思い出した。ただ、その情報自体が、知ってから十年たっているなんてこともザラ。若い人が聞くと呆れるかもしれないが、我々くらいの歳になるとそんなスパンでの付き合いである。 昨夏は連絡しなかったけれど、今度はこちらから連絡するからねと何度も友人たちに言った。現状、多少元気になったけれど、お声がけまでして現地で会って、大車輪で動き回れるかというと覚束ない。この言葉は、つまりは自分自身への励ましなのであった。
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持ち物はできるだけ軽くしたいので、ここ数年、手帳は見開き一か月タイプの極薄型、透明ビニールカバーの安物を使っていた。システム手帳など金具のバインダーが重く、まずもって不可である。今年も同様なタイプを選んだが、文具趣味に走っている愚妻の勧めもあり、カバーだけは別途本革を購うことにした。 初め茶色あたりを考えていたが、どうもしっくりこない。紛失防止の意味を込めてワインレッドにした。後で考えると、革で赤いものを買うのは生まれて初めてだったような気がする。触り心地がよく、ホンモノの革というのは、使い捨てと違って、じんわり愛着が湧いてくるものだ。大きさは5×3タイプ、一人前に筆記具差しのホールもある。それに細軸ペンを差し、新たに買い足したメモパッドを挿入して今年バージョンの出来上がりとなった。 ただ、少し小口が開く。再度愚妻に相談したところ、裁縫箱から織り柄のあるゴム紐を取り出して掛け輪を作ってくれた。「これ、もともと何だったと思う?」と問われたが、全然判らない。正解は、何と!ブラジャーの肩紐だという。かけてみると赤とベージュの色味も良い。 本格的に使い始めて十日ほど。今日、職場の机にぽんと投げ置いて座を離れ、改めて戻ってきて自分の机に目をやったところ、殺風景な寒色しかない風景に、ワインレッドが紅一点、ポンと浮き上がって見えて驚いた。白黒写真に薔薇の花びらだけ深紅に着色した写真のようだ。色香という言葉があるが、赤の手帳は、まさにそんな雰囲気を漂わしているように思えた。 色ひとつでこんなに風景が一変して見える。男だから黒、赤系は女の色。そこから脱して、様々な色合いを楽しむのも、それこそ人生の彩り。ちょっとこれから気をつけてみようと思ったのが、今日一番の感慨。
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四日は射初め会だった。矢渡しのあと、審査の間合いによる初射、それから、金的・扇的・風船など変わり的を使った射抜きがあった。普通、矢はお楽しみで放ってはいけないが、今日だけは許されて、我先にと的に向かう。射抜いた人はその年武運に恵まれるという。 後、上級生が作ったお雑煮・ぜんざいでお腹を満たした。和菓子屋さんについてもらった出来たてのお餅なので、お米の風味がたっぷり。のびるのびる。これこそ本物の味だと美味しく戴いた。部員たちはコーチ差し入れのドーナッツにも盛り上がっていたけれど、本当の美味しさを判ってくれたかしら。 正月が短くなって、なんだか愛想(あいそ)もない(金沢弁…物足りない)なと思っていたところだったので、今年も一際お正月らしいこの行事に関わることができて、何だかほっこりとした気分になった。自分自身、弓を引く人でないだけに、いつまでこの行事のお手伝いができるか、そんな思いが心をよぎりながら子供たちを眺めていた。 このぜんざい、鏡開きの意味も込めているのだろう。鏡開きは通常十一日だが、京都では四日だという。その京都三十三間堂の通し矢も間近である。
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職場の同僚から『趣味の文具箱』(エイムック)『ステーショナリーマガジン』(エイムック)などの文房具本を十数冊も貸して頂いたので、休み中、家で眺めて過ごした。どうやら万年筆も実用品は五万円くらいまでで、それ以上は装飾品のようだ。蒔絵、彫金、焼き物など伝統美術工芸の世界である。大判のカラー写真でそれらが紹介されていて、我々夫婦は、ただただ美しくて見とれた。そこまでいかなくても、この道、はまるとなかなか危ない沼のようである。 ネットで検索すると、趣味の方が色々と書いている。文具全般を広く語る人、筆記具中心の人、高級万年筆をどんどん買い足す人と様々。しばし彼らの蘊蓄話を楽しんだ。中で安価な鉄ペンしか集めていない人のサイトがあって、こんなのこそ人生のお楽しみだと微笑ましかった。我が家の近所に文具量販店があって確認しやすいこともあって、この正月休みは文具趣味最高潮といった感じで推移した。 そんな、頭の中にぱんぱんに情報が入っていた中、初売りで行ったショッピングセンター文具売り場のお愛想に置いてあるペン陳列棚に、フランス製安鉄ペン絶版モデル(ウォーターマン「クルトゥール・ライト・ソフト」)を見つけた。中央ではとっくになくなっている品で、田舎の非専門店だからこそ今まで誰にも見つけられず売れ残っていたのだろう。人様のブログを読むと、「見つけちゃいましたので保護しました」という言い訳っぽい言い方で文具を買っている人を多く見かけたが、全くもって私も「見つけてしまった」感で一杯になって、「これも何かのご縁」と急遽購入することにした。実は、夏に銀座で見つけて悩んだクリップ付きの「ペリカーノ」(黒)の方を年末に通販で取り寄せたばかりだったので、一週間に二本も買ったことになった。安鉄ペン路線まっしぐらの予感……。 皆さん、私くし、まだ、はまっていませんよね。
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自宅の掃除、実家の大掃除、元旦行事、愚妻の実家へご挨拶と、いつも通りの年末・年始を過ごした。 二日、ショッピングセンターに行くと、そこは元旦より営業していたという。そういえば、コンビニは大晦日深夜も煌々と光りを通りに洩らしていたし、二日からは営業している店がほとんど。「どんどんお正月が短くなっていく」とある方が嘆息していたが、本当にそうだ。実質、祭日一日だけになった恰好である。 昔、お店は三が日休みが当たり前、日本は一度歩みを止め、仲睦まじい家族の時間を過ごしていた。人はそのために年末に準備をし、保存食中心のお節料理を食べる。それに、月半ばには「女正月」という風習もあった。「睦月」とは元来そういう月ではなかったか。 元旦に働いている大人が多くなったということは、親がいない正月を迎えている子供が沢山いるということ。私の子供のころ、三が日の一日まるまるつかって、家族でカルタ・トランプ大会をして遊んだ。楽しかったなあ。試合毎に点数をつけて優勝者も決めていた。今から考えると、あれで、父親は一年分の子供とのコミュニケーションをとっていたようなものだ。でも、子供にはそんな時間が絶対必要。普通の休みにレジャーに行くのと、年中行事や暦に合わせてそれをするのでは意味が違うように思う。ちょっと過剰な言い方をすれば、日本人のアイデンティティーにも関わるのではないか。 「元旦初売り」と聞いて、それは便利だと思う人と、私のようにげっそりする人と、どちらが多数派なのだろう。 閑話休題。恒例、年頭の抱負。 今年上四半期、忙しい仕事が続く。足手まといにならないよう、出来るだけのことはして、何とか与えられた責をふさぎたい。また、ストレスを溜めないようにし、いい加減になりがちな日常生活の改善を図り、公私ともすっきりした形で三月末を迎えたいと思っている。それ以後は、四月にもう一度考えたい。 今年も、休日中心、週一回程度の更新ペースですが、ゆるゆるとお付き合い下さい。
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お願い
この日記には教育についてのコメントが出てきます。時に辛口のことも多いのですが、これは、あくまでも個人的な感想であり、よりよい教育への提言でもあります。守秘義務や中傷にならないよう配慮しているつもりです。 もし、問題になりそうな部分がありましたら、メールにてお知らせください。
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