ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
内容は、文学・言葉・読書・ジャズ・金沢・教育・カメラ写真・弓道など。一週間に2回程度の更新ペースですが、休日に書いたものを日を散らしてアップしているので、オン・タイムではありません。以前の日記に行くには、左上の<前月>の文字をクリックして下さい。
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本日、高等学校相撲金沢大会を見に卯辰山相撲場に赴いた。主催新聞社の新聞をとっていないので、この行事が今も連綿と続いていることさえ知らなかった。今回、勤務校の応援で参加。幟旗が賑々しい。 全国から強豪校が出場する伝統の大会。あわよくばプロになろうという大人顔負けの選手から、どうみても臨時編成で急遽募って出た一部県勢まで、選手は玉石混淆の感があり、一回戦などストレートで勝敗が決まるケースが多かった。そのあたり、おそらくこの競技の底辺がやせてきているからではないかとも感じたが、当否は不明である。 会場は野外の雨。皆ずぶ濡れになりながら各校立派に応援していた。我が応援団も格好よく男らしくて見とれた。私の若い頃でさえ、応援委員になるのを皆嫌がった。古くさく避けて通りたい係だった。況や今の子をや。それを自分から積極的に買って出て、力を振り絞ってリードする。さすがだと感心した。あの頃、なぜ、あんなに嫌いだったのだろう。本当に格好いい仕事ではないか。 その夜、老父の病室で、今日の大会のことを話したら、昔は金石でやっていて、金沢駅から金石まで大勢の生徒が、延々、歩いて応援しに行ったという。話の辻褄が合わないことも多くなった父なので、後でネットで調べたところ、確かにそうだったらしい。旧制時代、弊衣破帽、幟など担いで歩いたのだろう。古き良きバンカラの時代が彷彿とされる。 応援席の私の目の前を、褌一丁、裸足でのっしのっしと巨体を揺らして選手が行き交ったりもして、この空間には、最近余り強調されなくなった「男らしさ」がストレートに横溢していたのが印象的だった。
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五月に地元デパートでペンクリニックがあるということを、冬の蒔絵万年筆展示会会場で小耳に挟み、この日(十一日)を楽しみにしていた。ドクターは、万年筆好きには夙に有名なセーラー万年筆の川口さん。夫婦ともども芸能人に会うかのような気持ちで出かけた。 当日は、門前市をなすほどではないが、ひっきりなしにお客さんが訪れていた。インク工房の石丸さんもいらっしゃていて、いつも地味な万年筆売り場が、今日だけは華やいだ雰囲気を漂わせていた。 私は買って間もないスーベレーンM800を差し出した。川口さんは、ペリカンのBB(極太文字)は、縦と横の線の太さが違い、日本人にはなかなか難しいペン先だと話された。私も差が少々極端かもしれないと答えると、では少し研ぎましょうと、目の細かいサンドペーパーのような紙(ラッピング・フイルム)の上でペンをクネクネさせた。 二分ほどの作業の後に差し出されたペンは、確かに以前より字の太さの差が少なくなって横文字臭さから脱却し、書き出しのかすれも改善されていた。 愚妻は、ラミー(アルスター)とセーラー(スオード)。二本ともペン先を引っこ抜いて切り割りを開くなど細かい作業をして戴き、カリカリ感がなくなった。 修理を頼むと、人の足元を見た工賃を取る世の中、無料で他社製まで調整して戴けるこのシステム、本当に万年筆文化を楽しいものにしている。 さっさと終わったので、その後、贈答用に洒落たインクや紙類を購ったり、革小物売り場を冷やかしたりして、最上階レストラン街で食事をとった。窓下、中央公園の新緑が広がって美しい。 身に持ついいものは大型スーパーではなくデパートにある。今のが傷んだらこれを一生物として購おうと思った身辺小物がいくつもあった。 全然自分に関係ないと思っていたデパートが親しくなりつつある。デパートを楽しんだ一日。
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毎週楽しみに聞いているラジオのジャズライブ番組。一昨日の放送で、年若の女流サックス奏者が「(以上のメンバーで)お送りさせていただきたいと思います。」と話した。 ひどく違和感を感じて、愚妻に「聞いていた?」と振ったところ、「すごく変だった。」と即答。そうだね。 「お送りします」で敬語、もっと丁寧に言っても「お送りいたします」で充分。それに不要な「させていただく」をつけた上、断定を避けた朧化表現「思います」までついている。演奏しているのは思うことではなく事実のはず。 次の日、授業の枕で、これの正しい言い方は何だと聞いてみたが、この種のゴテゴテ路線から逃れた答えを言った生徒はいなかった。変だと判らなくなっているようだ。まったく……。
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旧の職場を去る折、親睦会から餞別を戴いた。しかし、日々の生活に使ってしまい、額が目減りしていくのを見て、これは、何か記念の品物を買っておいたほうがいいと思うようになった。 そこで、遅ればせながら、ペリカン万年筆(スーレベーンM800)を購入した。以前から欲しかった品である。愛用のM400よりランク上、適度に重い大型軸の極太字。別名、文豪錯覚用(笑)。 慌ただしく過ごしたこの四月。忙しさに取り紛れ、異動の挨拶状を出さぬままになっていた。そこで、それで一筆したためることにして、黄金週間あたりから、一日数通、心を込めて書いた。便箋は、手紙に使っても違和感のない銀座伊東屋特製二百字詰めB5原稿用紙、インクは、ペリカンのロイヤルブルー、内袋つきの白封筒。すべては昔ながらである。 相手を思い浮かべながら文面を一人一人考えて書いていく時間は、何だか大事な時間のような気がして、新鮮で楽しかった。
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先月、愚妻が計画通り小入院をし、最終日、昼食の後に退院した。小さなお祝いの気分だが、夕食までは間がある。そこで、途中の喫茶店でお茶にすることにした。以前からちょっと気になっていた洒落たお店。珈琲豆の販売もしているようで、中に入るとよい香りが店内に充満していた。 夫婦揃って純粋にお茶目的で喫茶店に入るのは久しぶりである。昔、家の近所に喫茶店があった。それが潰れ、また営業を再開した。今度こそ絶対に行こうねと話しあってはいたが、そのままになり、いつの間にか、それも潰れていた。その出来事すら、もう何年も前の話。 やはり、専門の人が入れてくれたコーヒーは美味しい。出されたコーヒーをぐびっと一飲みしてあっという間にカップは空になった。結果、一気に手持ちぶさたに……。 どうやら、喫茶店でのお茶の飲み方をすっかり忘れてしまっていたらしい。 我々の高校時代、まさに喫茶店文化華やかなりし時代だった。町に行くと、必ずお気に入りの店で友人と雑談したものだ。座る場所確保が目的だったから、一杯で長々ねばった。放課後、家に帰らずロック喫茶に入り浸っていた友人もいたような……。 目の前にはいつもの愚妻の顔。入院中の話が終わると、もう会話も一段落である。喫茶店に入ったということに満足して、あの頃より遙かに早めに店を出た。 春らしい薄曇りのひととき。職場がかわって間もない頃だったので、それでも、少しは心が和んだ。
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黄金週間中、石川県七尾美術館にて「長谷川等伯展〜久蔵の国宝「桜図」特別公開〜」を観た。この美術館で毎年連続的に開催されている「長谷川等伯展」の十三回目という。以前、そのうちのどれかを観た覚えがある。 限られた時間だったので、ゆっくりとは観られなかったが、息子の久蔵描く国宝「桜図」(祥雲寺障壁画(現京都市智積院所蔵))は、さすがに今回の中心展示だけあって圧巻であった。二十六歳で没したというが、そんな年齢の作とは思えないほど完成度が高かった。 だが、その他は大したことはなく、作品数も全11点と少ない上、他の息子の作もあり、等伯自体の作は4点のみと、正直、少々物足りない展示だったような気がした。 見学後、置かれていた過去の図録をパラパラとめくってみたが、地元に残っている見覚えのある作品が何度も繰り返し出展されているようで、自分は一体何年前の回を観たのかさえ判然としなかった。地元出身の大画家を連続的に紹介する志は尊いが、十三回ともなると、ちょっと苦しいところもあるようだ。 折から七尾市内はお祭。観光客の入り込みも多いようで、館内は賑わっていた。入り口前には能登特産品販売のテントも出て、観光気分を盛り上げていた。
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新しい職場になり、適応力の落ちた初老は気が休まらない日が続いていた。 そんな先月末、弓道大会があり、顧問控室で待機していると、あ、これは旧と同じだと気がつき、何だか落ち着いた気分になった。何もかも新しくなってしまった訳ではない。同じ生活もある。 先日も、前のセクションの歓送迎会があって、気心の知れた旧同僚と歓談した。一ヶ月なのに懐かしい。新しい生活の中に入りこんだ旧来の関係。もう、この会にお呼ばれはしないけれど、こんな機会があると、新しい環境に漸次変わっていく感じがして、気が楽になる。会の時期を後ろにズラした有り難さを感じた。 昨日は、毎年恒例、筍賞味会があって、一年ぶりにハム仲間に会った。ケータイ初心者の私は色々質問したり、車に詳しい仲間に今後の購入を相談したりした。 ここ数日、本当によく喋った。自分全開……。 その時、仕事もこんな感じでやらんといかんなあと思ったことだった。
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小山実稚恵は、一九八二年のチャイコフスキーコンクールで有名になった人。私は、録音が出始めた頃の可憐なジャケット写真でしか知らなかったが、もう、あれから四半世紀、今は立派な中年になっていた。 演奏は力強く、職人を思わせる手慣れたもの。二の腕が太いのが歴戦を物語る。曲が曲だけに強奏の部分が多く、知人は最前列近くのピアノの真ん前だったので、力を込めたフォルテシモがガツンガツンと脳天から鳴り響いて困ったという。それほど堂々たる鳴らしぶりであった。 この曲、かつて大のお気に入りで、何枚も聞き比べをしたものだ。手持ちのCDの中では、ブレンデル盤(フィリップス)をよく聴いた。久しぶりに生で聴いたが、さすがに第一、第三楽章ともよく覚えていた。今回、オマケのように思っていた第二楽章が可憐なメロディで印象的だった。あれだけ聴いていたのに、それに気がつかないなんて、あの頃、一体、何を聴いていたのだろう。自分にちょっと呆れた。 人が溢れかえっていたのに、危惧していた雑音や泣き声もなく、短い時間ながら大いに楽しめた。ただ、やはり、「これだけ?」感はちょっと残った。
「皇帝」はなんと言っても大振りで男らしい曲である。室内楽団ではどうしても音圧上の限界がある。煌びやかなフルオーケストラの大音量で聴きたいものだと思ったことだった。 終了後、音楽祭に連動して、お隣のファッションビルが食堂街飲食割引券を発行していたので、それを使って遅い昼食をとった。バリ料理。その後、ビル内を冷やかした。愚妻が事前に中年の私でも楽しめる鞄や雑貨の店を見つけていたので、そこを覗く。地方都市では現物はないだろうと思っていたステーショナリーのいくつかを見つけたのが収穫だった。 GWの一日、駅周辺をぶらついて音楽も聴いたといった過ごし方にして、物足りなさ感を払拭して帰ったといったところ。
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大型連休中にやっと2日間の休みがとれ、今日、会期中八十近くの音楽イベントがある「ラ・フォル・ジュルネ金沢 熱狂の日音楽祭2008 ベートーヴェンと仲間たち」の一つを聴きに行った。指揮・井上道義、ピアノ・小山実稚恵、管弦楽・オーケストラアンサンブル金沢、曲・ピアノ協奏曲第五番「皇帝」。 前日に知人から、大変な人出だから早めに行ったほうがよいと忠告を受けたので、開演一時間半前から並んだ。一つのコンサートを短くして割安で聴けるのがこの音楽祭のよい点なのだが、正味四十五分一曲だけのために待っていると考えると、時間のコストパフォーマンスはそんなによくない。このせいで他の無料イベントに参加出来なかったのも残念だった。 最終日午後の有名曲ということで、やはり、舞台後方や横、パイプオルガン演奏席にまで椅子が並ぶ大盛況。普段クラシックにはあまり足を運ばない家族連れなども多く見受けられた。それはそれでイベントの趣旨として成功しているということなのだろう。3歳児以上入場可というのが効いている。ここのところ、マスコミが盛んに宣伝していた上、「安・近・短」をねらった家族ゴールデンウイーク・レジャー計画にもうまくはまった感じである。そもそも、当の私達がその典型。 今回、故岩城宏之の後任音楽監督井上道義の指揮をはじめて生で見た。メリハリの利いた颯爽とした指揮ぶりで、演奏者にとっても判りやすいのではないだろうか。(つづく)
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お願い
この日記には教育についてのコメントが出てきます。時に辛口のことも多いのですが、これは、あくまでも個人的な感想であり、よりよい教育への提言でもあります。守秘義務や中傷にならないよう配慮しているつもりです。 もし、問題になりそうな部分がありましたら、メールにてお知らせください。
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