ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
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法隆寺展の影に隠れ、目立たないが、今回、二階奥、前田育徳会尊経閣文庫分館の一室で、定家筆本国宝「土佐日記」の公開があり、初めてこの高名な前田家本を、直接、目にすることができた。 思ったより小型のパンフレット状の冊子で、収納時は屏風が描かれた蒔絵箱に入れられ、外にもう二種類の木箱に入れられているという厳重さ。 開いてある頁は、冒頭部末尾、「ふねにのるべきところへわたる。」の「所」より以下の文。二十二日は全文。二十三日は末尾「これは、ものによりてほむるにしもあらず。」の「ものに」まで。このあたりは教科書にもよく採られ、授業でもよく解説する箇所である。 紀貫之自筆本を見ながらの書写で、且つ、書き手が藤原定家と、自筆本が失われているこの作品の場合、原本直近で、最も血筋のよい写本である。これを国宝にせずして何を国宝にするかといったレベルのもの。 字はいつもの定家独特な書体。昔から私は、正直、悪筆であると思っていて、あの秀才もここのところだけは、ちょっと落ちるなあと思っている。まあ、そこが人間的な部分であるが……。 当時のまわりの人たちの評価はどうだったのだろう。「定家さんも立派な人だけど、あの字はねえ。」なんて言われていたのではないか。(つづく)
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