ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』な らぬ「ものぐさ」です。
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先の正月休みに、県立美術館で開催されている上記美術展を観に行った。ルネサンスからバロックを経てロココに至る絵画を集めた絵画展の初日。この日、北陸の一月としては、青空が見えて、寒いながらも太平洋側のようなすがすがしい陽がさしていた。 聖書から材を採った宗教画や、貴族の肖像画が多い。全体的な印象として、実在の人物だろうが非実在の人物だろうが、差はほとんど感じなかった。時代は三つにまたがるが、それよりヨーロッパ絵画としての連続性のほうを強く感じた。 貴族の肖像画では、当時の服飾に興味を持った。男性も胸まである長髪、立襟の途中でかっきりと水平に折れた硬そうな襟。女性の車輪状になった見事なまでの深襞襟。あんな大きな輪っかの襟をしていて、食事はどうしたのだろう。 現代、男は背広とネクタイをする。当時の貴族は当時の貴族の服を着ている。当たり前である。しかし、今の目で観てみると、何でこんな服なのか判らない格好である。今のネクタイだって、何故こんな長いぴらぴらしたもので首を締めるのか、後世の人が見ると不思議がるかもしれない。 何百年前の貴族が、正装でおめかしして絵師に肖像画を描かせる。そして、その絵は今に残り、ネクタイとスーツ文化の人たちに鑑賞される。そんなことになるなんて思いもよらなかっただろう。 格好は昔だが、お顔は今でもどこかにいそうな顔をしている方ばかり。あなたはどんな方ですか、どんな気持ちでポーズをとっていたのですか、あなたの生きた時代はどんなだったのですか。一枚一枚の貴人に、心でそんな声をかけながら紳士淑女たちの肖像の前を歩んだ。 単調な画面構成ばかりだが、肖像画というのは、何だか吸い込まれるような魅力があって、飽きない。
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