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ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。

 内容は、文学・言葉・読書・ジャズ・金沢・教育・カメラ写真・弓道など。一週間に2回程度の更新ペースですが、休日に書いたものを日を散らしてアップしているので、オン・タイムではありません。以前の日記に行くには、左上の<前月>の文字をクリックして下さい。

 

・XP終了に伴い、この日誌の更新ができなくなりました。この日誌の部分は、別のブログに移動します。アドレスは下記です。

 

エキサイトブログ 「金沢日和下駄〜ものぐさ〜」
           
http://hiyorigeta.exblog.jp/

 2009年12月01日
  佐渡裕・高橋俊郎「バーンスタイン名盤100選」(新潮社 とんぼの本)を読む

  S&Gが好きだったこともあり、あの頃、手元にCBSソニーの薄いLPカタログがあった。家で本格的な家具調ステレオセットを買って、最初に購ったクラシックのレコードは、だからバーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルの「運命」「未完成」のカップリング。定番中の定番。
 当時、カラヤン全盛だったが、CBSレーベル贔屓の私はバーンスタイン派だった。最初は全然判らなかったが、何枚かニューヨークフィルものを買ってみて、ヨーロッパの感覚とは違うアメリカの匂いを感じた。だから、彼が活動拠点を欧州に移し、独グラモフォンから次々ウイーン・フィルを振ったライブを出し始めた時は感慨深いものがあった。もっと長生きしたら、本場のオケで、エネルギッシュな演奏を次々残せたのにと、亡くなった時、残念に思った覚えがある。
 体調不良、指揮活動の停止が伝えられるとすぐに亡くなった印象で、日本公演のキャンセルを巨匠の我が儘と揶揄した文章を読んだばかりだったので、経過を知らず勝手に非難したものと不快に思った覚えがある。後、晩年から死までのドキュメンタリーがテレビで放映され、真実を知る。
 この本、彼の代表的なレコードのジャケットを年代順に並べて、彼の人生や演奏、ジャケットへのコメントが付されている。前半は私が音楽を聴き始める前のLPばかりなので、知らないものが多く、勉強になった。東京ライブの「革命」など七十年代以降のものは、同時代的で懐かしい。
 著者に佐渡裕の名があるが、寄稿といった程度。高橋の著作である。

 

 2009年11月29日
  人のために
 校内模試の小論担当になったので、以前読んだ神戸女学院大学教授内田樹氏による社会分析主体の教育論「下流志向」(講談社)から出題してみた。オリジナルで作ったので、どんな答えが出てくるかまったく予測がつかず、それなりに答案を楽しみにしていた。
 課題文は、「今の子供は、労働主体ではなく消費主体で社会関係に入ってく。その結果、金銭に関しては子供にもかかわらず大人と同等となり、子供は全能感を持ってしまう。その発想を教育の場に持ち込むみ、教育もひとつの「商品」と受け取って、有用性や価値を求めるようになる。その結果、この勉強にどんな意味があるのかという問いになっていく。また、取引である以上、自分は熟知しているかのように振るまうことで買い手の優位性を確保しようとする。」というのが要旨。質問では、この現状分析が正しいと思うかどうかを判断させ、その改善策を提示せよと条件をつけたのがちょっとしたミソである。
 作者は、該当箇所でははっきり言っていないが、有用性の問いに大人が答えること自体意味がないと考えている。だから、作者の意見に賛成している子が、「勉強の有用性を彼らに納得させるためには……」という前提で論じているものは、すでに子供の論理で論じていることになって不可なのであるが、そんな答えが多かった。「子供のお手伝い(労働)に、小遣いをあたえるとよい。これで労働主体となる」という趣旨のものもあったが、これも、結局は消費=経済論理の枠から出ておらず、残念でした。減点。
 また、矢張りというべきか、反対するにしろ、賛成するにしろ、作者が提出した考え方の枠内で論じているものばかりで、別の視点や新たな知見を加えることで、見方を広げている答えはほとんどなかった。まあ、それが出来ていればばっちり合格なので、これは何処も同じである。
 論作文は、自分なりのキーワードの設定が有効。子供たちの発想はあくまでも「個」としてのものだが、例えば、「日本人として」「社会として」「人類として」という観点から公教育を考えるべきという、ある種、別の基軸を入れることで、うまく説明ができるはずなのだが、そこまで言及できた答案はなかった。
 先日、宮沢賢治の「永訣の朝」をやっていて、「妹のトシ子が『こたにわりやのことばかりでくるしまなあよにうまれてくる』とあるが、では、誰のために生きたいと彼女は思っているのですか?」と聞いたら、兄とか家族とか、あくまでも個人の枠内での答えしか出てこず、ついぞ「人のために」という答えが出てこなかった。これが出ないと、最後の感動的な「人類の幸福に対する祈り」に昇華しない。今の時代、すべて「個」からの発想、「公」の発想が、全然、育っていないのをひしひしと感じたひとときだった。
 他に、前職場の生徒さんとの違いも強く感じた。前は、まったく形式的に綺麗で整っているだけで内容がないと業者からさんざん言われ続けていたのに対して、今の職場の子は、しっかり意見を書いてある者が多く、なかなか頼もしい反面、方向性がずれていたり言い過ぎがあったりして、各々の生徒さんの質や校風の違いが興味深かった。(今回はちょっと「小論文講評」風でした。)
 2009年11月28日
  坂本武信「留学生は64歳 老学生のい日記U」(産経新聞出版)を読む

 昨秋、住宅地の中に美味しいお蕎麦屋さんがあることを知り、探して行ってきた。自宅の横に小さなお店を作った夫婦でやっているお店。テーブルにあったファイルにお店の由来が書いてある。ご主人が心筋梗塞で一命を取り止め、体にいい蕎麦を食べ歩いて、一念発起、修業して、会社をやめて始めたという。
 そらから程たたぬ頃、書店新刊売り場でこの本を見つけた。作者は、同じく心筋梗塞の大病を患い、定年前に退職して、東京外大に入り直してポーランド語を学んだ人。この本はその報告の第二弾で、現地での留学生活を中心に書いてある。
 読みやすい文章で、生き生きと留学の様子・人間模様が描かれている。いわば第二章の人生を単なる「ヒマツブシ」だといいながら、有意義に充実させているのは、実に羨ましい。
 以前、亡父から、「お前は、第二の人生に何をするか、あまりこれと言ったものがなさそうだから、考えておいた方がいいぞ。」と脅かされたことがある。職場で偶然そんな話になって、「ないなあ。」と洩らしたら、「あなたには写真があるじゃありませんか。」とお隣に座る同僚に促された。さあて、どうなんだろう。時折熱心になったりするだけで、サークルに入って研鑽これ努めている訳でもないし……。生き甲斐になるかしらん?
 「お宅は?」と問い返すと、その方は「俳句」と即答。確かに、常に意識を外に配るので気持ちにも張りがあって、吟詠旅行にもと心身共に忙しそうだ。羨ましいかぎりである。

 

 以上、アップし忘れ、実は昨年読んだ本の感想文である。
 この俳句の方は今年三月異動され、異動先で要職に。たった一年前の話だが、そんな会話を交わしたのを、この記事を読んで妙に懐かしく思った。句集の出版を勧めたが、日々、お忙しいことだと思う。

 2009年11月26日
  「ビッグアップル・イン野々市2009」を聴く
 日曜日、今年で十五回を数える野々市町のジャズコンサートに行った。今年は聴いたことのある人が多かったのでパスしようと思ったが、連休なのだから行楽として行けばいいという気になり、数日前、ジョー・ハウスに前売りを買いに行った。
 今年は日本人女性ボーカル二名、J・ゾナー(tp)らゲストが多いので、ムーンライト・JAZZ・オーケストラの単独曲はなく、冒頭よりフィーチャリング曲となっていた。
 メイン・ゲストは北村英治、御歳八十歳。その昔、テーブル形式の会場で彼の演奏を聞いたことがある。最後はテーブルの間を演奏しながら練って歩き、大盛り上がりであった。一緒に写真にも入ってもらって、今もその写真はアルバムにある。
 プレイはお歳を感じさせないもので、何と言ってもソロはメロディアスでスムーズ。時に力強くクラリネットの魅力を発散させていた。この楽器、音色が優しくバラードがよく似合うと今更ながら実感。
 第一部の中締めは、ボーカリストがいるからだろう「ラバー・カムバック・トゥ・ミー」。
 第二部はベニー・グリーン・トリオ。グリーン(p)はこのコンサートで三回、金沢市文化ホールでラッセル・マローン(g)とのデュオを聴いているので計四度目。ピーター・ワシントン(b)・ケニー・ワシントン(ds)は二〇〇五年秋吉敏子の回以来。この文句なしのリズム隊に北村や井上智(g)らのフロントが立つ。総じて今年は打ち合わせがしっかりされいて、演奏しながら耳打ちで進むなどというジャズによくある場当たり打ち合わせがなく締まった印象であった。第二部は「Cジャムブルース」を全員ワンコーラスずづ回して賑やかに大団円。北村さんはマエストロ扱いで、外人勢も敬意を払っていたのが印象的であった。
 このコンサート、ここのところ毎年聞きに行っているし、ちょっと躊躇したが、やはり行って良かった。
 2009年11月24日
  美術鑑賞(2)美術展三つ

 これも旧聞。九月、県立美術館で「古代カルタゴとローマ展」を観る。
 現在チェニジア領内となっている栄光の都市カルタゴの文化を概観できる展覧会。この都市、ローマと並ぶ栄光の時代と、ポエニ戦争による破壊以後、ローマ帝国の一員として再度の繁栄を謳歌した二つの隆盛時代を持つ。
 「ポエニ戦争」なんて言葉、久しぶりに聞いて、高校の「世界史」を思い出したくらいの門外漢だが、素人ながら、ローマ文化の圧倒的影響下にある、いわば、そっくりの部分と、基本、アフリカにある都市だけに、アフリカ的な土俗的な部分が融合して出来上がっていることに面白みを感じる。特にモザイク画が個性的で大きな特色になっている。

 

 十月、「未完の横尾忠則展」を金沢二十一世紀美術館で観る。七十年代、コラージュを駆使した作品で我々世代を魅了した横尾忠則。ロック好きにはサンタナ「ロータスの伝説」や「アミーゴ」のジャケットデザインがすぐに思い浮かぶ。かなり以前、来沢し、町中で公開パフォーマンスをしたというローカル・ニュースも見た覚えがある。近年の画業のことはよく知らなかったが、グラフィック・デザイナーというより、絵筆をふるう画家として活躍していることを今回知る。
  一室目のY字路の連作は、ほとんどよく似た構図ばかりだが、写実に近いもの、大胆に周囲を省略し、鋭角の家を浮かび上がらせているもの、抽象を加えたものと、一つ一つの作品の手法は変化にとんだもので、彼の意図がはっきり見えてくる。写真のモチーフとしてはよくある「分岐路」だが、並べると、そうした多彩さの実験を自分に課しているのだろうということが判る。他には、最後の部屋のアンリ・ルソーの絵の後日談を描いた連作が面白かった。各々の絵のどこかの部分に横尾が感応して、それをちょっとひねったり、デフォルメしたり、茶化したりして、見るものをニヤリとさせる絵に仕上げている。この連作、ワンパターンでは飽きる。そのユーモアの豊穣さ多彩さが勝負である。
 途中の大部屋の中央に、彼の大判の日誌が開いて置いてあった。日々、思ったことを書き綴った「思い」の集積。いろいろなもの切り貼りしてあり、その日の彼が一頁に浮かび上がる。膨大な労力の積み重ねである。その文章の中に「様式を持つな」と言う言葉を見つけた。「様式にとらわれるということは束縛されるということ」といったような文面が続く。常に新しいことにチャレンジしていくことが自己のアイデンティティー、常に移ろうことにこそ自己の芸術があると考えているのだろう。この展覧会が「未完の横尾忠則」というタイトルであるのがよく理解できた。
 観覧のすぐ後の日曜日、NHK教育「新日曜美術館」で、彼の特集が組まれていた。二十一世紀美術館に展示中の作品も多く、さながらこの美術展の解説番組のようで、彼の人となりを見聞きするにつけ、徐々に老境に至りつつある彼の溢れる創作意欲に触れることが出来、感心しきりの一時間であった。

 

 十一月、金沢市立中村記念美術館にて「伝統工芸創作人形展」を観る。伝統的技法で作られた日本工芸会会員による日本人形が並ぶ。茶道の展示が多いこの小さな美術館では珍しいのではないか。お椀などに較べ、表情やポーズ、衣装をダイレクトに楽しめばよく、気分的にリラックスしながら観ることが出来た。ゴフンや木目込み、童子や踊りなど伝統的な手法・題材のものから、ドレス姿やずんぐり太った歌手の姿など、ちょっと洋風だったりユーモラスだったりするものまで多彩な作品が並ぶ。「この腰回りの太い歌手の人形、天童よしみみたいだねえ。」などという声が聞こえてきて、内心、大笑い。
 昨年も十一月にこの美術館に来ている。茶室が見える日本庭園は秋真っ最中で美しく、ゆっくりお茶をたしなむ。

 2009年11月23日
   美術鑑賞(1)「ユージンスミス展」を観る
 旧聞となったが、八月の盆休みに、砺波美術館で「京都国立近代美術館 アイリーン・スミス・コレクションによる W.ユージン・スミスの写真」展を観に行った。著名な写真家の個人通覧展は東京で観たブレッソン展以来。
 観ながら、彼の足跡が、フォト・ジャーナリズムの興隆とビデオ映像に取って代わられるその狭間の、いわば写真の黄金期にあったことの幸福を感じる。
 写真によって何を読者に思ってもらうか、主張するコンセプトを「ライフ」誌の編集部などの依頼者と共に話し合って決め、ストーリーを事前に予測してから取材にかかるという、文学者の執筆活動のような過程を経て彼の作品が成立していることを知る。時に、そのストーリーを実際の画像でうまく展開できず、挫折したテーマもあり、現場で、当初の目論見とのズレを修正しながら物語を完結させていくといったこともあったという。
 撮り手が深く考えることをせず、速報性を重視し、画像にすべてを語らせるべきという現代の行き方とは反対の、今となっては少し古めかしい、こうしたはっきりとした意志の上で撮られている作品の力強さを感ずる。
 再婚者アイリーン・美緒子とは、「水俣」での共同作業者となるが、年譜によると、死の少し前に離婚している。今回のコレクションは、その彼女の離婚条件によって所有権を得た作品が基になっているそうで、彼女自身、まとまって収蔵してくれる美術館を探していて、京都近代美術館がその受け皿になってくれたことが縁になったと図録に自身の文章で書いてあった。
 亡き彼にとって、彼女は有り難い後見人なのか、作品の多くを持っていかれた痛みのある結果なのか。そのあたりは知る由もない。二人には余人にははかりがたい交錯した感情があったのではないかと邪推するばかりである。
 2009年11月22日
  旅がらみの本

「まっぷるたびまるF 横浜」(昭文社)

 今回の旅行に際し買ったポケット型ガイド本。旅行ガイドを買ったのは何十年ぶり。色々と工夫があり便利になっている。
 まず、行くまでのガイドが詳しい。場所の概観があり、この本の使い方が書かれ、キップの買い方、距離・値段表などをはじめとするコーディネイト講座が続く。実際のエリアガイドはそれからようやく。つまり、現地で役に立つばかりでなく、行く前にこそ大いに利用してもらおうという発想である。
 巻末にはポケットがついていて、おそらくチケットなどを入れておけということだろう。旅行途中もずっと握りしめてほしいという配慮で、至れり尽くせり。
 中華街の頁を利用していて気づいたこがある。最初、ガイドに載っている店から選ぼうと思っていたのだが、あれだけの店数である。全然、こだわる必要ないと悟った。
 載っているのは、絶対入れておけねばならないメイン通りにある名店と、とちらかといえば辺鄙なところにある店。こちらはこうしたガイドに載せてもらわなければ客がこない。つまり、掲載料が動いている店。ガイド本にも「読み」が必要と気がついた。

 

吉村昭「七十五度目の長崎行き」(河出書房新社)
 落ち穂拾いの単行本、今年八月末の新刊。今回は紀行文という括りでの編集。七十年代半ばの文章も多く、先に奥付の発表年月日を見てから読む。トンネル工事の取材などが印象的だったが、今はもっと技術的に進んでいるのだろうなと感じる。でも、それが古びているとは感じられず、当時の匂いを感じながら読む楽しみがあった。交通不便だった岩手の海岸線旅行なども、今したらどうなのだろう。
 彼の死後の単行本を律儀に買っているが、いくらなんでもこれで打ち止めだろう。

 

赤瀬川原平「散歩の学校」(毎日新聞社)
 久しぶりに赤瀬川を読む。ここのところ熱心ではなくなったが、以前にあらかた彼の著作は読んでいる。
 考えてみれば、路上観察学会、ライカ同盟会員として、彼は散歩の達人である。元々、新聞連載の記事で、東京各地観察歩きといった風情。記者が同行人としてついてお膳立てをし、各々の記事にはガイド頁がつく。「この本をガイドに追体験しても面白い」風に作ってあって、その回の散歩の歩数まで書いてある。
 私が若い頃に住んでいた土地だけに、懐かしい所もあり、知らないところもある。変わっているところもあり、変わっていないところもある。東京人は、意外に東京を知らない。連載は好評だったとある。私は、今月、横浜に行ったばかり。これの「横浜編」があってもよいかもと思った。

 2009年11月21日
  今週は

 大会が終わった次の日は父の一周忌法要であった。祖母の死後、仏事から遠ざかっていた我が家は、ここ一年、初めてのことばかり。それでも、この日をもって一段落となった。
 近い親類のみの小さな会。お寺での法要の後、近くの料理店で会食。以後は省略形で行くにしろ、今回はそういう訳にもいかないだろうと、食事場所は地元で名の通った料亭にした。これまで団体の一員として何度か使ったことはあるが、個人では二度目の、由緒あるところ。料理は手が込んでいて、仲居さんの気遣いも行き届き、恙なく終えることができた。
 今週に入り、案の定、各大会から戻ってた生徒にインフルエンザや風邪が流行り、学級閉鎖などがあって落ち着かない一週間であった。このため、今日の仕事は中止。
 そこで、午前中、冬用の履き物を買ったり、夏布団をリフォームに出したり、携帯電話の契約条件変更に行ったりと溜まった家事をし、午後、湯涌温泉総湯に入りに行って疲れを癒した。急遽のお休みの日、家でだらだらしない日になったのはよかったが、あっという間に一日が終わった感じだった。

 

 2009年11月15日
  インフルエンザを心配しながら
 昨日まで三日間、秋の大会の引率業務。新型インフルエンザの影響で、マスクの着用が奨励されていて、選手・引率、多くの顔は白っぽくなっていた。弓道は、狭い会場に多くの人がひしめき合って、うつりやすい環境である。
 マスクをしているかいないかは、危機感の差、自分の体力の自信の差、面倒くささレベルの差といったところ。人それぞれの判断。マスクに「その人」が出る。
 私は、マスクはしていたがいい加減着用、風邪のほうをもらってきて、今日は微妙に体調不良……。生徒が大会から戻ってくる明日からが心配である。
 インフルエンザがらみでの棄権には、エントリー外の選手への交代が認められたが、棄権選手が多かったり、予選通過の的中数が下がったりした。いつもの大会、いつものように粛々と実施されたが、いつもとは微妙に違った。
 静かに進む裏に不安を抱えている感じと言ったらよいか。不況の長期化、政権交代による政策の大幅見直し、アジアの拠点からのずり落ち感……。昔「不安の時代」という言葉が流行ったことがあったが、まさに今の日本は、そんな感じになっている。ちょっと異様なマスクの多さが、表に現れたその一端。そんな気持ちで白い顔々を眺めていた。
 
 2009年11月12日
  横浜主張(4)

 枝葉末節のつづき。


○横浜で見た個人タクシー、大型だなと思って近づいて見ると、後ろのエンブレムにレクサスとある。言わずと知れたトヨタの高級車である。注意してルーフの行燈を見ると、個人タクシーは高級車ばかり。多くの地元勤め人は電車、普通のタクシーは上京客向けか、法人企業が押さえている。個人営業は、特定顧客をがっちり押さえているとそれで飯が食える。いかにも大都会ならではご商売だと感心した。すきま産業のごとくである。
 また、駅近くのホテルのレストランから眺めていると、ワンボックス型のタクシーが、乗り合い自動車よろしく何人もの勤め人を乗せては発車していく。これも都会らしい朝の風景。マイカーが当たり前の地方都市ではあまり見かけない。


○電車のつり革につかまって携帯を眺めている私より年上の勤め人。やおら携帯の電池を入れ替え始めた。裏蓋はもう何度もそうしているような、すり切れた様子。ずっとネットやゲームをしていると、途中で電池がなくなるのだろう。それでスペア電池と入れ替え入れ替え使う。多くの人は自宅と職場にグレードルなどを置いて、それで済まし、スペアを持ち歩いている人は少ないはず。長距離通勤が多い、これも都会ならではだと思った。

 2009年11月11日
  横浜出張(3)

 メインの話は終わって、以下は、枝葉末節。
 

○初日のホテルは、おそらく元々安手のビジネスホテルだったのをファッショナブルなイメージでリフォームして、価格維持を図っている感じだった。二日目のホテルは、最上階に大浴場がついていて、都市ホテルなのに浴衣で行き来出来た。日本人としてこれは嬉しく、朝風呂も結構混雑していた。どこも付加価値やお得感を出して生き残り戦略をしているなあという印象。

 

○ホテルのレストランで朝食とって仕事に向かうという経験がほとんどないので、スーツ姿で混雑する中、コーヒーを戴きながら、有能な(?)出張ビジネスマンの気分を味わった。そんな気分が新鮮。

 

○駅地下で食事をする店を探していたら、聞いたことがある店名が……。金沢の古いビルのテナントで入っている小さなカレー店の出店だった。それがまるで老舗名店のような顔をして客を呼び込んでいる。客のほとんどが本店を知らないはずで、まあ、それもいいのだろうが、でも実態を知っている私は、結構おかしかった。こんなこと、あっちこっちであるだろうなと思う。

 

○ホテルの小さな部屋で、久しぶりにアメリカ野球を長々と見る。ヤンキーズは、松井秀喜が大活躍、チャンピオンシリーズの覇者となった。県内資本の中堅ゼネコンの倒産、同じく地元資本のデパートの小松支店閉鎖など、石川県は暗い話題ばかり。この前は松任の大手ビール工場も閉鎖されるとニュースで伝えていた。そんな中、頑張っている県人を見るのは素直にうれしい。何年もたった時、あの出張の時、松井はヒーローになったんだと、パックで思い出すだろう。記憶はよくそうした抱き合わせの残り方をする。

 

○最後に寄った文具店、二年前、ペリカンの学童用万年筆を何気なく買って、以後、筆記具にはまった店である。今回、まじまじと壁に並んでいるペンを眺めると、限定品や高級品のオンパレード。昔は、気さえつかなかったが、今回は、どれがどこの国の何という名品であるかよく判る。ほとんどのものが手が出る金額ではない。

 買う物買って勘定場でクレジットのサインをしようと、胸からプラスチックの安ボールペンを出そうとして、一瞬、躊躇した。「あれ、もしかしたら、これ、恥ずかしいことかも?」と思ったのである。前は何も思わなかったので、変に知識を仕入れると、気持ちが縛られ不自由になるものだなと自分の心の動きが面白かった。

 

○東京駅内の店は、昔と違い、お洒落になっていて名店の品がそろう。「東京ばな奈」などの定番をはずそうと考えたまではよかったが、では、何を買えばよいかさっぱり見当がつかぬ。そこで、ちょっと観察して、ファッショナブルな女性が時折買っていく洋菓子を買ってみた。後で聞くと、よく女性誌などに紹介される人気店らしく、職場の女性に好評。お土産選び大成功であった。

 2009年11月10日
  横浜出張(2)

 プライベートな時間はほとんどなかったが、ホテルを朝早く出発し、会場近くの港地区を散策したこと、夕食を近くの中華街でとったことがちょっとしたお楽しみだった。
 横浜自体、大学時代に何度か行った程度なので、その数少ない記憶を引っ張り出して、懐かしく思い出しながら歩いた。確か、山下公園は、中学の修学旅行が最初。その後、大学の文学散歩で。後、業務でチラリと来ているので、今回で四回目。ここが一番来ている部類である。昔と変わらない印象だったが、それ以外の周辺は大きく変わっていた。
 そもそも、遠くに見えるタワーや半月型のホテル、大観覧車など「みなとみらい」地区は昔はなかった。だいぶ前の映画で、大観覧車を怪獣がぶっ壊すシーンがあって、そちらを先に見ているので、実物を見て何か変な感じがした。こうした立派なビル群を見るにつけ、在京時代が遠い昔であることをしみじみ味わわされる。
 中華街では、一人なので、最初、横丁を入った小さな庶民的な店にしようかと思ったが、それでは単なるオッサンの日々の夕食と変わらないと思い直し、どのレベルの店がいいか、結構、迷った。結局、中央の通りに面していて、それなりに広く、繁盛している食べ放題のところに入ったが、それでも「一人で中華」というのは、十分に微妙な感じであった。
 帰り、列車までの間、大型文具店で自分向け「永年勤続おめでとう」記念品と愚妻の誕生日プレゼントを、駅地下で職場配りのお菓子や家族向け土産を買って、「あの軽量化の努力はいったい何だったのだ?」状態で列車に乗り込んだ。
 列車に長時間乗ることが滅多にない私は、近年、乗車中は必ず駅弁つまみにアルコールをひっかける。バリッとスーツを着込んで経済誌を読んでいるビジネスマンを横目で見ながら、自分が典型的オッサンになっていることを実感するが、まあよい。職場を行ったり来たりするだけの毎日。この「非日常」を味わうこともまた大切である(と思う)。 

 

 2009年11月09日
  横浜出張(1)

 全国連の研究大会に参加するため、横浜に出張した。この大会に行くのは、平成十一年の埼玉大会以来、十年ぶり。単独行。
 腰を心配して、軽いジャケットを購い、持ち物を吟味し、ひたすら軽量化をはかる。午前に仕事を詰めて、4日午後の上越まわりの列車で上京、東京駅から東海道線経由で、夜、横浜に着。桜木町や関内に降り立ったことはあるが、JR横浜駅は初めて。天下の横浜駅、どんな風景かと思ったら、眼前に飛び込んできたのが家電量販店の派手な灯りというのが何とも今風であった。駅近くのホテル泊。
 翌日、会場の神奈川県民ホールに出向く。大会挨拶の中で「この種の大会に出席しにくくなっている環境」とあったように、参加者が以前に比べてぐっと少ないのに驚いた。大ホール一階前列のみに人を入れていたが、それでもガラガラ。以前と同じ大会とは思えないほど閑散としていて、教育環境の変化を感じた。全体会の印象は以下の通り。

 

 1 文科省調査官による新指導要領の解説は、どういう点が前回と違っているかをはっきりさせながらの解説だったので、ニュアンスがそれなりに理解できた。
 2 作家北村薫氏の話は、元教員という経歴から、傍聴者の立場ををよく理解した上の話だったので判りやすかったが、作品を読んでいないので判らないことも多く、残念に思った。
 3 パネル討議は、少年を扱う弁護士や実業界の方など多彩な方々が、ことばについての思いを語ったもので、それぞれの立場からの発言らしく、意がよく伝わったが、パネルデスカッションの弊害で、コマ切れの印象が残った。

 

 この日は関内のホテル泊。翌6日(金)、横浜駅からほど近い県立高校で研究授業を参観。創立九十五年の伝統校だそうだが、校長の口から「神奈川県の教育水準低下傾向への歯止め」「公立教育の復権」などという言葉が出ていた。誘惑の多い都会という環境、私学が強い土地柄など、こちらとの教育環境の差を感じた。
 校舎は老朽化しており、各部屋から煙突が出ていた。冬毎にストーブを設置する旧来のやり方なのだろう。メンテナンスにもお金をかけていない印象で、高校受験の生徒にとって、見た目での魅力は薄そうだ。生徒自体は真面目で服装もしっかりしていて好印象。
 研究授業は、漱石「夢十夜」。作品を映像にするには、どのシーンかというところから読解を進め、班別に発表するというもの。添え物の作業にならず、読解とうまく関連させている点が好ましかった。
 夕刻東京駅発の、やはり越後湯沢経由の列車で帰宅。
 今回のような、中央の大会に参加するのは本当に久しぶりで、県外校の授業参観自体、これまでも数えるほどしか経験がない。こうして他県の現場を見ると、細かい点を含め、自分の県との違いを色々と感じるところが多く、非常に有意義であった。
 この旅行、個人的には、やはり腰痛を心配していた。先の修学旅行はバスの中で座席を占領して寝ながらの移動だったので助かったが、今回、どうなるか不安だった。しかし、幸運なことに、列車の隣の座席が空いていたことが多く、今回も寝て移動した。一人旅なので自分のペースで動けばよく、その点も幸いだった。

 2009年11月08日
  バクシーシ山下「ひとはみな、ハダカになる」(理論社)を読む 
  中学生以上向きの「よりみちパン!セ」のシリーズ。以前、このシリーズでは「おばあちゃんが、ぼけた」を読んだ。あれも現場の人が現場の経験を生かして、具体的に若者向けに説明したもの。今回はAV監督がAVを撮るということについて日頃考えてることを述べている。作者は、人の営みとして「普通を撮る」ことにこだわっていて、わざわざ「即金払い」を前面に出して素人を募集してネット動画を作り、プロ女優との違いなどを検証している。作者が至る結論は、「自分の使命は自分や他人との関係を「記録すること」なのだ」というもの。確かに演技を嫌えばそういうことになる。
 中年のおっさんとしては、仕事のシステムやギャラなど、この特殊な現場の事情が所々必要に応じて触れられているところが面白かった。
 2009年11月03日
  めでたき日
 先日、永年勤続の表彰式があった。午前、仕事を詰めて、昼食もパンをコーヒーで流し込み、慌てて会場のホールへ。以前は、一日お休みで、配偶者同伴、ホテルで宴席があって、お祝いムードだったそうだが、不況とともにせちがなくなり、数年前からは簡単なランチに……。今年からはそれも無くなり、単に表彰状手渡しと記念撮影するだけの会となった。壇上で一人一人渡すのに一時間。記念撮影も何度にも分けてするのでひたすら待つ。一括で受け取り、写真はなし、後の時間を講演会などに充てた方が有意義だねと同行の方と話をする。会場は咳をする人もいて、新型インフルエンザを心配する。マスク着用。終了後、そそくさと職場に戻って残った仕事をこなし、いつもより遅く帰宅。
 思い出してみると、昔、この仕事に就いたばかり頃、こういう区切りの宴があることを知り、遠い先のことながら、恙なくその日を迎えることを、存外、楽しみにしていたような気がする。ところが、その年齢に近づくと、あれよあれよと簡略化されて、今年、遂にこうなった。
 夜は外食をと外に出たら目当ての店は休業。遅いのでラーメン屋くらいしかやっておらず、ラーメンと餃子。
 以上が、若い頃何度か夢想した人生区切りの日の実際である。
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