ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
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では、そのオノト万年筆が机に置かれた彼の机の上はどのようだったか。ちょっと探ってみよう。芥川龍之介は以下のように描写している。
まん中には小さい紫檀の机があつて、その又机の向うには座蒲団が二枚重ねてある。銅印が一つ、石印が二つ三つ、ペン皿に代へた竹の茶箕(ちやき)、その中の万年筆、それから玉の文鎮を置いた一綴りの原稿用紙――机の上にはこの外に老眼鏡が載せてある事も珍しくない。その真上には電灯が煌々と光を放つてゐる。傍には瀬戸火鉢の鉄瓶が虫の啼くやうに沸つてゐる。もし夜寒が甚しければ、少し離れた瓦斯煖炉にも赤々と火が動いてゐる。さうしてその机の後、二枚重ねた座蒲団の上には、何処か獅子を想はせる、脊の低い半白の老人が、或は手紙の筆を走らせたり、或は唐本の詩集を飜したりしながら、端然と独り坐つてゐる。…… 漱石山房の秋の夜は、かう云ふ蕭條たるものであつた。 (「漱石山房の秋」大阪毎日新聞」1920(大正9)年1月)
まだ五十歳前の漱石をつかまえて「老人」とは、今の感覚ではちょっとあんまりな気もしないでもないが、それはさておいて、ここでは、粛として文机に独り坐す様子が晩年の弟子によって鮮やかに描かれている。 本文中、茶箕(ちゃき)とは、茶筒の中に入れて使う茶葉をすくう道具。といっても、茶杓ではなく、多く葉っぱ型であったり、籠状のミニチュア型の、それなりの大型の持ち手なしのスプーンのようなものである。漱石はそれを万年筆の受け皿に代用していたらしい。 では、その机が置いてあった漱石の仕事場はどんなところだったのか。 新宿区歴史民族博物館には漱石山房の間取りを再現した復元模型がある。これは、よく高校の副教材「国語便覧」や漱石文学アルバムなどに載っていることが多い。なかなかよくできていて、私は漱石の家の話になると、この模型の写真を見ながら、この人はこのあたりに座っていて、漱石はここに座っていて……と想像しながら読む。 彼は、書斎の奥の方に本を山積みし、その前に机を置いて、後ろに手を伸ばせば、本が取り出せるような配置にして仕事をしていた。その目の前には居間兼客間。そこに弟子達がたむろしていた。(つづく)
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