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ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。

 内容は、文学・言葉・読書・ジャズ・金沢・教育・カメラ写真・弓道など。一週間に2回程度の更新ペースですが、休日に書いたものを日を散らしてアップしているので、オン・タイムではありません。以前の日記に行くには、左上の<前月>の文字をクリックして下さい。

 

・XP終了に伴い、この日誌の更新ができなくなりました。この日誌の部分は、別のブログに移動します。アドレスは下記です。

 

エキサイトブログ 「金沢日和下駄〜ものぐさ〜」
           
http://hiyorigeta.exblog.jp/

 2010年05月23日
  軽を常用にして
 車を交換して、愚妻の軽自動車「プレオ」に乗るようになって二ヶ月、十年以上たった軽なので、騒音がひどく、その割にはスピードがでない。愚妻によると、省エネ運転を心がけていたのでエンジンを高回転まで回していなかったという。
 自分の常用になった車である、少しは手を入れることにした。まず、燃焼室内のカーボンの付着もひどかろうと、洗浄系ガソリン添加剤を数度投入、時折、引っ張って高回転で回したりした。ボディも間を置かず洗車して、劣化した樹脂部に薬剤を塗った。そんなこんなで手をかけた結果、見た目もりりしく、エンジンの回転もなめらかになった。試みてみるものである。手間をかけるとちゃんと応えてくれて、最近、ようやく自分の車然としてきた。
 古くはなったが、この軽、「四輪独立懸架、4気筒スーパーチャージャー 4WD ABS付き」と、高性能車かと紛うばかりの肩書き。当時、結構お高かった。今、スバルでこれと同程度のグレード機種を探すと、自社生産の軽が一機種残っていて(ステラ)、あるにはあるが、当時よりもっと高価で、価格競争の点で買う人は限られる。それに、この機種の廃止も決まっている。
 今考えると、プレオは下グレードでもマイルドチャージャーなるスーパーチャージャーがついていて、こだわった部分が多かった。結局、その分リーズナブル感に欠けるスバルの軽は売れなくなり、トヨタに身売りし、1300CC以下クラスをダイハツのOEMで済ますようになった。主力のレガシィはアメリカ好みのデザインとなって日本では不評、インプレッサも3ナンバーとなって、雪国の日常の足として二の足を踏む。それに、暖冬と省エネのダブルパンチ。こちらでは買い替えの際、スバルから他社にした人が目につく。
 この冬、愚妻の長距離通勤の際、FFコンパクトカーでもこの軽四駆でもあぶないということになったら、この車を廃車にして新しい車を買わなければならないが、ここまでこだわった軽はもうでないのではないかなどという車好きのコメントをブログで読むにつけ、もうちょっと頑張ってもらいたいという気分と、そもそも軽は寿命が短いのだから、多少ガタもきているし、換え時という気もしていて、行ったり来たり。
 2010年05月20日
  スイングジャーナル休刊とハンク・ジョーンズの死

 一九七五年以来、ずっと定期購読している「スイングジャーナル」(通称SJ誌)。数年前、たまりにたまったバックナンバーを処分した。最近は、一年間放置して、その前の年のものを捨てている。先の休日、二〇〇八年分をくくって古紙回収に出そうと玄関に出しておいた。そんな折りの休刊ニュース。
 最近は、編集者も減って記事に圧縮感がなくなり、雑なレイアウトが目立ったりと、苦しそうな様子が伝わってきていた。特選盤も広告を出してくれる特定業者の新譜ばかりに
乱発して、SJお墨付きの信頼感は大きく損なわれていた。おそらく最近は発行部数が一万部前後だったのではないか。最盛期には三〇万部を売り上げたということなので、まさに凋落といってよい。ただ、ライバル誌に喰われたということではないので、ジャズをめぐる環境が厳しさを増しているということなのだと思う。フュージョンの熱狂も昔語り。若手のスターも不在。
 思えば、地方都市に住む身、この雑誌でジャズを勉強した。特に最初の数年は本当に隅から隅までなめるようにして読んだものだ。もちろん、音楽なので実際の音はよく判らない。それでも想像をたくましくしてこんなサウンドではないかと予想して解説を読んだ。だから、NHKーFMのジャズ番組でその音が聞けた時など、それだけで感激した。牧芳雄、いソノてルヲ 油井正一、本多俊夫、あの頃ご活躍の評論家諸氏の多くは、もうこの世の人ではない。
  そんな感傷に浸っていたら、ハンク・ジョーンズ(p)が死去したと同僚に教えられた。御歳九十一。休刊の発表より前に報じられたようだが、知らなかった。
 堅実なプレイでアドリブ・フレーズのお手本のような人だった。特に左手のコードのつけかたが美しい。刺激性や意外性には欠けたが、こちらが歳をとるにつれ、そうした余裕のある演奏がしっくりくるようになった。
 かといって、彼は決して地味ではない。我々が大きく彼を注目したのは、日本のレコード会社の企画で実現した、当時の若手一流どころ、ロン・カーター(b)とトニー・ウイリアムス(ds)のとトリオ、グレートジャズトリオだった。そこではトニーのスリリングなシンバルレガートの中、結構、強力なアタックを聞かせていて、あのベテランがと驚いたものだ。一時期スタジオワーク中心で現場から離れていたが、あれで、一線に復帰した。その時のインタビューでは、リズム隊に負けまいとホテルでも日々練習していると語っていたのを読んだ覚えがある。たしか、「スイングジャーナル」からの知識ではなかったか。私もあのトリオに熱狂したクチで、家には何枚ものLPがある。
 ほかに、数年前の、渡辺貞夫が客演した盤もお気に入り。細かく聞くと、ちょっと気が抜けている一瞬があったり、フレーズにもたつきが感じられるが、年齢のことを考えると驚異的な現役演奏である。
 これで、あのモダンジャズの最高傑作、キャノンボールの「サムシングエルス」(五八年録音)のメンバーは全員鬼籍に入った。
  昔からのジャズ好きにとって、この二つのニュースは、なんだが「ひとつの時代が終わった」かのような感傷的な気分にさせる。

 最近は食指の動くジャズの新録がない。それなら、今、廉価でブルーノート盤が限定発売されているので、ちょっとずつ持っていない盤を買い進めようかと、先週、数枚買ったばかりだったので、感慨はいっそう深い。

 

 


 

 2010年05月19日
  寒暖の差

 四月五月は、寒い日が続き、仕事からの帰り、十度を切るほどの寒さがあるかと思えば、三十度を超えて、地方気象台観測以来何番目とかいう暑い日があったりして、寒暖の差が激しい日が続いた。寒さで成長が止まっていた草花が、暑い日、一気に動き出すといった印象で、本当に慌ただしい。街路の躑躅など、何も咲いていない次の日には満開になっていたと言っていいほどの咲きぶりだった。その分、人間の体調的にはちょっと辛いものがある。
 最近はさすがに寒い日がなくなった。暖房もようやく撤収。今日など、しとしと雨が降って、少し湿気っぽく、梅雨の前哨戦といったところ。
 八重桜の季節が過ぎたかと思えば、今は躑躅も終盤。ゆっくり花狩りするわけでもなく、通勤の行き帰り、街の中で見つける花々を愛でているだけなのがちょっと悲しいが、季節は次へ次へと頁をめくっている。
 帰りの車の中で考えた「折り込み川柳」。隠れている花は超簡単です。

 

   薄き色はなから見ずして気にもせず

 

 2010年05月09日
  当其無有車之用
 何事にも廉価なものから高価なものまであるように、ホイールもピンからキリまであった。三月に注文していたアルミホイールが四月のGW前に到着して、ようやく夏タイヤに履き替えることができた。
 ちなみに、漢文では、車輪の矢(スポーク)の部分を「輻(ふく)」という。老子には「其の無に当たりて車の用有り(その中が空虚だからこそ車輪としての用をなすのだ。)」と喝破する記述がある。輪の中心(「轂」(こしき))とタイヤを結ぶだけの、役割をしていなさそうで、でも、ないと困る箇所。
 昔は鉄が中心でアルミ製は高級品だったが、外国産の安いものが大量に出回っている今では、安価なものなら鉄製と変わらない。
 軽量のものを探すと一際高い。鍛造ホイールだからという。まさか鍛冶屋さんよろしくタントンと叩いて成型した訳でもなかろうから、何か機械的に「鍛錬」させる工程があるのだろう。安いのはたいてい鋳造。
 結局、百万円ばかりの車に何十万もするホイールを装着するのは不釣り合いということで、新製法で軽く仕上げてある鋳造ものを買った。フィンに隙間が多くブレーキがよく見える。
 そもそもスズキのスイフトは家庭の主婦がよく乗っている車。しかし、これで少しは精悍な感じになって、ノーマルのお買い物車より男の子らしいイメージになった。 
 今は長距離通勤になった愚妻が毎日この車に乗っている。スピードを上げて走る車が多い県南部に抜けるこの幹線道路で、男の子車風ということで、追い越しのカモになることなく走ることができ、少しは「安全のお守り」になるのではないかと、ちょっとは遠回しに期待をした。
 で、今、思ったのだけれど、もしそんな効果があるなら、もっと走り屋さん仕様にするといいのかも?
 2010年05月08日
   使い勝手がよい
 GW中に部の合宿引率があった。いつも使う道場がダブルブッキングで使えず、急遽、富山の道場をハシゴすることに……。二道場とも初めてのところ。
 初日の道場は、立派な体育館に付設していたが、その体育館の二階観客席後ろの通路を直進し、突き当たりの鉄の扉を押し開けて、いったん外に出たところにあって非常に判りにくかった。到底、それが正しい通路とは思えない裏道動線である。建物はコンクリート打ちっ放しの洋風デザイン、矢道は砂利。モダンな作りだが、荷物はどこに置く? 着替えはどこで? 掃き矢をしたら矢が傷むのでは? と、使い勝手は少々悪かった。
 次の日の弓道場は、堂々とした木造風の作りで、間口が広い。使ってみて、ここがこうなっていたらいいと思われるところが全部そうなっていた。例えば、矢取りをして矢を戻したり、看的に行く時に使う左右の出入口は、出来れば三和土がちゃんとある玄関タイプのほうが履き物が濡れずよいといったレベルの細かいことがすべてクリアされている。実に使い勝手がよくて感心した。弓道をよく知っている人が設計に参加し、熟慮して建てたという気がした。我々の県立道場よりもよく出来ている。
 面積の問題や予算の関係が大きいのだろうが、使う者に優しい建物を建てるというのは非常に難しい。我が実家はリフォームの正式契約が済み、GW中に仮宅に引っ越した。完成後は弟一家の住まいとなるので、弟はここのところ設備ショールームに行ったりと頑張って色々なアイデアを設計士さんと詰めていた。使い勝手がよい家になれかしと思うばかり。
 2010年05月05日
  変わりゆく中心街

 ここのところ、大会、合宿、模試監督と休みがなく、且つ遠足が平日に入って、「日々是行事」状態が続いた。
 遠足は、先頭から歩き出し遅れを途中信号ストップで取り戻すことを繰り返しながら、遅れずに行き着くことができた。ただ、昼のバーベキューの頃には本格的雨になって、それがまた屋根なしサイトだったので、傘差しながらの焼き肉となり大変だったが、子供たちはいい思い出になったのではないかと思う。私自身も初めての雨中BQで、一生覚えている行事になりそうだ。もう出番がなくなっていた山行きグッズも、こんな時、役にたって、雨具、中間着など万全の服装で助かった。
 ただ、同じセクションの仕事をしている同僚より多少年寄りで腰が痛い身には、体を使う行事ひとつひとつが、楽しみながらも辛くなっている面もある。
 さて、GW最終日の今日、昼過ぎに仕事がはねたので、このままでは何にもなしで終わってしまうと、夫婦で金沢二十一世紀美術館の「二紀会展」を観に行った。
 技術的に高いレベルのものばかりで、抽象具合が中庸で判りやすい。頭をひねることなく楽しみながら鑑賞。中で「成れの果ての糧」(狩野宏明)という作品はジャングルに放置されている恐竜の白骨にファンのような人工機器が取り付けられているというシュールな絵で印象に残った。よく見ると生きている動物も書き込まれていて、人の都合で食い荒らした近未来の生物の未来を暗示するかのようであった。
 その後、金沢の中心街をぶらぶら歩く。さすがに県外入り込み客の多くは帰り、町は地元中心の人の流れに戻っていた。
 オープン間もない「しいのき迎賓館」も初見学。県庁エントランス棟の前半分を切り、壊した部分に縦長に新たにオープンなスペースを作った造りで、ここまで壊してしまうと、廃屋の有効利用になったとは言えるが、「文化財の保存」とは言い難い再生手法で、保存の観点では疑問が残った。この建物の新しい部分が古びたら、どうするのだろう。

 中は右ウイングに有名フランス料理店が入居して繁盛しているが、それ以外、常に活気があるような利用のされ方が設定されている訳ではないので、つまりは「ポール・ボキューズ」に賑わいを頼っているような感じがした。レトロとモダンが融合したお洒落な建物に仕上がっているだけにちょっと心配。
 繁華街を通ると、子供時分の景色と重ねて見てしまう。町がどんどん変わって、例えば、広坂の広見では蛇の目の寿司屋さんと喫茶店「芝生」だけが昔のままで、私の目に映る画像ではその二つの建物だけがぽっかり浮かんで見える。
 子供の頃、屋上の遊園地が楽しみだった旧大和デパート、今の「ラブロ」は、上階のテナントがほとんど撤退し閉鎖寸前状態だった。賑わいの中心が戦前は香林坊、それが、私たちの若い頃に片町に移り、そして今また香林坊方面に戻っている。その分、片町方面は少し寂れた。商店街の栄枯盛衰は見た目にはっきりわかりので、時の移りを実感する。

  夕刻、急激に人がいなくなったメイン通りをぶらついて、洋食屋さんに入り、軽くビールを一杯。

 あれだけ寒い日が続いていたが、ここのところ、急に暑い日になった。   

 2010年05月03日
  濃厚味ブーム

 ネットの食の記事の中に「キーワードは定番+濃厚味」というのを見つけた。誰でも知っている定番お菓子の濃厚味が今ヒット商品になっているという。そう言われれば、お菓子以外でも、即席麺・乳製品などで聞いたことがある。記事では、「消費者は世の中の健康志向一辺倒に飽きてきて、濃厚な味わいを欲していたようだ」と分析している。
  先日、本屋の外交さんが店開きしていた中に、石川のラーメン屋さんを紹介した地元出版社発行のムック本があって、手に取る人が多かった。毎年のように出ている隠れた人気本。写真を見ると、どれもこれも濃厚そうで油が結構浮いている。煮卵が載っているのも最近の定番である。頁をめ
くってもめくってもそんな同じようなラーメンばかりで、バラエティがない印象を持った。見ていて気にいった店はほとんどない。
 以前、塩くどいと評判の某ラーメン店に話の種で行ってみたところ、それはそれは常識の範囲を越えていて、不健康そのものといった味だった。他の店でも、私の舌には味付けがきついと感じるところばかり。
 また、テレビの食の番組を見ると「快楽主義」「刺激主義」という言葉が脳裏に浮かぶようなものが多い。
 大昔に比べ、外食が食生活の重要なウエイトを占めるようになった。そのため、家食が外食の影響を受けるようになった。祖母・母と受け継がれる「食」イメージより強い力でイメージを定着させ、調理担当の家人は模倣する。家食は、だから昔よりファッショナブルになったが、「濃厚味」という不健康な要素も余録としてついてきた。
 記事では「往年の「激辛ブーム」のように、一時的なブームで終わる可能性も否定できない」としていたが、いやいや、この傾向は長く続く。外食が食のイメージリーダーであるかぎり。
  子供の体格や運動能力が近年低下している。共働きで手がまわらないということもあってか、健康的に育っていない子供たちが増えてきた。その上に、この濃厚味の定着化が重なると、日本人全体に遅かれ早かれ大きな問題を及ぼすようになる。
 おそらく、食に対する不安が国民全体にあるから「健康ブーム」が去ることはない。「食育」という言葉も一種のブームだ。しかし、現状は、急速に食は空洞化していて歯止めがかからない。

[1] 

お願い

 この日記には教育についてのコメントが出てきます。時に辛口のことも多いのですが、これは、あくまでも個人的な感想であり、よりよい教育への提言でもあります。守秘義務や中傷にならないよう配慮しているつもりです。 もし、問題になりそうな部分がありましたら、メールにてお知らせください。

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