ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
内容は、文学・言葉・読書・ジャズ・金沢・教育・カメラ写真・弓道など。一週間に2回程度の更新ペースですが、休日に書いたものを日を散らしてアップしているので、オン・タイムではありません。以前の日記に行くには、左上の<前月>の文字をクリックして下さい。
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昨日、懐かしいラジオ番組の名前を書いたら、夜、ネットのニュースで、野沢那智が肺癌で死亡とのニュースを見つけた。我々の世代では深夜放送「パック・イン・ミュージック」(TBS系)ナッチャコパックで親しんだ声優さんである。読者のお便りを野沢那智が軽妙に読み、白石冬美が合いの手を入れながら進む。お便りの文章力がものをいう番組で、あの時、いいネタでも面白可笑しく書けてあるかどうかで、楽しさが全然違うことはよく判ったし、上手い人は常連投稿者になっていた。楽しい文章を書くのは難しい、常連さんたちは凄いなあといつも感心していた。 今年、「父ちゃんのポーが聞こえる」などのベテラン男優の小林桂樹、東芝日曜劇場「女と味噌汁」の池内淳子、トロンボーンの名手で「スイングジャーナル」で長らく楽器別ランキングに入っていた「ガチョーン」の谷啓が相次いで亡くなった。特に谷は、楽しく見ていたNHK教育「美の壺」を降板されたので心配していたのだが、階段からの転倒死ということであった。合掌。 平成に入り早や二十二年、昭和の終焉が本当に色濃いこの頃。「早稲田の星(セントポールスター)」「お茶の水のおひろ」たちはお元気だろうか。昔を思い出してちょっとセンチメンタルになったオッサンの休日の朝。
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ジャズの廉価盤ばかり買っている中、珍しく古いポピュラーCDを買った。ビートルズの赤盤・青盤。 私はラジオっ子で、洋楽にはませていたので、六十年代終わりから横文字の音楽を聴いていた。特に前田武彦・小橋玲子「ヤングヤングヤンク」(提供東芝)「日立ミュージック・イン・ハイフォニック」(もちろん提供は日立)がお気に入りで、情報はそこから。
人には「ビートルズぎりぎり世代です」などと言っているが、同い年では特殊な部類である。七十年代に入り、「レット・イット・ビー」が街中に流れていたのもよく覚えているし、東芝が家具調ステレオ「ボストン」の宣伝に大きくあの四分割の顔写真ジャケットを使って看板を立てていたのも印象に残っている。
友人の何人かは、解散後、オリジナルアルバムをさかのぼって聞き直していたし、通称「ジョン魂(たま)」などのソロアルバムの方に影響を受けた子もいる。この一九七三年発売の赤盤・青盤で済ました子も多い。そんな世代である。 サイモンとガーファンクルのファンだった私は、全然彼らのフリークではないが、「レット・イット・ビー」の間奏がシングルとアルバムで違うくらいの小ネタは、ビートルズ世代では常識の部類。 昨秋、オリジナルアルバム全作リマスターとボックスセット発売で話題となり、どうしようか迷ったが、今秋、リマスター限定廉価盤が出たので、我々世代には懐かしいこっちにした。 秋の夜長、計CD四枚をつらつらと聴いていると、今の耳でいろんな音が聞こえてくる。五九年あたりで一気にステレオになったレコード業界のはずなのに、六二年になっても彼らのシングルがモノラル録音なことに意外に思ったり、後半、音の厚みがまして、クリード・テーラーのCTIシリーズなどで感じるような、ダビング技術の発展を実感したり、元々ロックンロールの人たちが、後年、ポップスとして多彩になり、ヒットメーカーとして、いわば玄人になっていく流れを感じたりした。たった実質六年で大きな変貌である。 ジャズは沢山彼らの曲をカバーしている。その元ネタ、オリジナルという感覚でアレンジ曲と比べながら聴いている自分がいて、今言ったように、技術的なことや彼らのアイデアを耳でピックアップしながらポピュラー音楽史的に聴いている自分もいて、子供の頃、町で流行っていた曲として懐かしさに浸りながら聴いている自分もいて、なんだか色々な立場が混在しながら聴いている自分を発見した。 あの時代、大きな存在だったビートルズならでは。
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十月中旬、根上弓道場にて引率業務。山側環状道路はラッシュで、到着に時間がかかった。休みの日中には時々通るがそれなりに流れている。今回のように、平日出勤時間帯に使ったことはないといってよく、混雑を避けて早出したつもりで、これだけ数珠繋ぎなのかと驚く。 道場は、小松飛行場の近隣とて、上空を自衛隊機がひっきりなしに通過する。ちょうど海からの進入路上空にあたっているようで、戦闘機は下降しながら右旋回するので爆音が長く続く。垂直尾翼二枚あるタイプだというところまで見える。おそらくあれはF15。 弓の練習中、ひどいときは編隊飛行を含め数分で五、六機が上空を通過する時もあって、うるさいこと限りなし。これでは気が散って射に迷いが出る。これだけの音量の連続では周辺の人たちの知的生産活動に大いに影響するだろうと想像した。もしかしたら、このあたりからは偉人は出ないかもとまで思ってしまった。 尖閣諸島問題できな臭くなっている折であり、そのせいで一時的に多いのかとも思ったが、そのあたりは判らない。 ところが、次の日、急に静かになった。どうやら土、日曜日は自衛隊もお休みらしい。あるいは住民合意で飛ばないことになっているのかもしれない。 平日に小松方面にいること自体、ほとんどないことで、行っても、大抵、休日。それで定期旅客機プラスアルファくらいの離発着だと勝手に思い込んでいた。小松飛行場が自衛隊施設であることをひしひしと身に感じる。 今回のことで、それまでの部分的な見聞だけでこの程度だろうと思い込んでいると実際の把握を大きく誤るという危険性を強く感じた。 後日、小松ゆかりの人に騒音の話をすると、「ああ、あれ。あんなもん、すぐに慣れるよ。」の一言で終わり。 あ、そうですか。
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ついこの前までは猛暑で閉口していたのに、急に冷え込んで今秋初めて暖房器具のスイッチをひねった。少し埃の焦げた臭いがして、部屋全体が暖まってくる。 九月は最初猛暑の続きだったが、中旬涼しくなってほっとしたのも束の間、また暑さが戻った。十月は、ようやく暦通り秋の気配を感じたが、それでも例年に比べれば暖かく推移した。昨日今日、急に寒くなったので驚くが、この時期、本当はこんな寒さがあっても不思議ではない。ストーブを片付けるのは大抵五月のGWだから、金沢では足かけ八ヶ月暖房のお世話になることになる。やはりここは北国であると実感。 来年の個人用手帳は、先に丸善で購った薄いA6版マンスリータイプ。革製文庫カバーにメモ用ノートと共に挿して、今月から既に使用中。ここ何年かこのスタイルでやっている。時折、カバーをかけ替えて気分転換をする。キャラクターの可愛いものから、チャックのついたもの、和紙、オーソドックスな革製と少しずつ増えてきた。 仕事では、今年、インクの裏にじみしないニーモシネのノートを日々の雑記帳として使っていたが、白いノートに日付をずっと手書きして入れるのが手間なのと、ミシン目からどんどん切れていくのが不便で、昨夜、A5型一頁2日タイプの大判手帳を書店で選び購入した。手帳専門出版社の大判を購入したのは初めてで、ちょっと多忙なビジネスマンになった気分がした。来年は、殴り書きで済ますのではなく、きっちり書き込んで、年末には字の詰まった完成品が出来上がるようにしたいもの。 今年もそろそろ終盤。
影長し白きノートのアスタリスク
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毎週毎週、歯医者。手抜き歯磨きのせいで歯が傷み、あちこち手を入れざるを得ず、長引いている。仕事を無理に終わらせて予約最終時間に滑り込む。 父は人生後半、歯医者に行かなきゃとよく通っていたし、今は奥歯はブリッジだとかなんとかいつも自分の歯のことを言っていたような気がする。ブリッジ治療をして貰いながら、そんな父をいつも思い浮かべる。追慕というより同じ道を歩んでいるなあという自分への感慨。父のように今後死ぬまで足繁く歯医者に通わねばならないのだろうか。 春、老眼鏡となり、今回永久歯も一本抜いた。今年、「老い元年」のような気分。
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職場は、中央に数台の供用パソコンが置かれていただけだったので、ほとんどの人が自分で購入したパソコンを使っていた。ようやく今年度から一人一台貸与のものが使えるようになった。低能力機種ながら最新のOS、ウインドウズ7で動いている。これまで何の感慨もなく使っていたが、今朝、まじまじと見たら、見た目は横長、シンプルで飽きのこないデザイン、見た目、そんなに悪くないことに気づいた。頭以外は存外いい機械かもしれない。 これまで全然この機械に意識がいかなかったのには、自分で買った訳ではないという点もあるが、もうパソコンを「心のときめき」をもって触れるという文化ではなくなっているからということが大きいように思う。あるべき機械。ツールとしてあるだけ。そんな接し方をしている自分がいる。パソコン自体、このところ劇的進化を遂げるとうこともなくなり安定期に入ったということも一因かもしれない。 若者の車離れも同じ。日曜日、大手車用品屋さんに行っても、本当に必要に迫られて部品を買いにきているオジサンがパラパラいるだけ。若者の熱気は感じられない。今考えると、昔の車いじり好きは、つまりは「工作する精神」の持ち主だったのだ。ヤンキー車作りでさえ、それなりにクリエイティブ。同様に、あの頃、不良と思われていた所謂ギター小僧も、テクニックを磨くという意味で求道的・建設的・創造的だった。 今の若者は何に創造的なのだろう? ゲームはこちらが思っているのとは違ってクリエイティブなのだろうか。 生まれたときからあったパソコンという機械で、心ときめくという若者はもうこの世にいまい。パソコンは冷蔵庫などと同じ、あって当たり前のもの。暗い世相も含め、ときめくことの難しくなった今の若者たちは、脳天気だった我々世代にはかわいそうに見える。それがたとえ物欲レベルの話であっても……。
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著名な写真家の一人としてしか知らず、写真ばかりが並ぶと思い込んで出かけていったマン・レイ展。絵画・オブジェ・動画と多彩な作品が並んでいるのにまず驚いた。 アメリカ生まれとして、近代写真の父アルフレッド・スティーグリッツ(Alfred Stieglitz)との出会いからスタートするところなぞ、何とも恵まれているが、もともと絵画制作に励みながら、自身の作品を記録するために写真を学んだそうで、最初から写真一筋という人ではなかったようだ。 彼の写真は、職業写真家として有名人ポートレイトが多数ある他、技術開拓的に暗室作業を駆使した前衛的なものがあったり、他人の作品の接写など今の感覚では著作権的に問題がありそうなものまで一筋縄ではいかない多様性を持っていた。作品を作品と見なさず、複製をもってアートの伝播を考える点で、オリジナル信奉者とは一線を画する自由さも併せ持っており、他人の絵の接写の他、自分の絵も画像化し増殖させていく手法は、確かに旧来の立場では、人の芸術の摸倣、エピゴーネンとしか評価されない危険性を持っており、長年評価されなかったのも当時の一般的芸術観では肯わざるを得ない面もある。 このため、彼自身、写真から遠ざかった時期があったりと、彼にとって、写真という表現は、愛憎半ばする関係にあったようだ。あのブレッソンでさえ、写真芸術に対する懐疑があって、晩年、カメラを手にしなかったという事実があったことを鑑みると、特に発達途上にあった時期の写真家故に、写真に対する複雑な心理が垣間見えてくる。 端的に言って、表現者としてはダダイストであり、シュールレアリズムの芸術家の範疇である。それは絵画や彫刻の分野で顕著であるが、写真は、そうしたシュールな発想を生かした芸術的なものから、前に述べた営業写真的なオーソドックスなものまで裾野が広く、これも、具体的に彼の人生と重ね合わせると、世間的に長く認められなかった紆余屈折の反映とも言える。晩年、勲章をもらい、栄誉を得て成功者となるようだが、今回のような大回顧展があって彼の芸術の全貌が明らかになっている訳でもない当時、つかみどころのない人というような評価だったのだろうことは容易に予想がつく。 順路の最期に、主亡きアトリエで未亡人が思い出話をする短編映画が流されていたが、それもなかなか芸術的に作られていて面白かった。 数年前、写真の歴史を勉強してから、巨匠の展覧会があったら見ておこうと思い立ち、折に触れ出かけていたが、今回、うまく出張と重なって、また一人、全容を掴むことが出来た。本当に牛歩だが、少しずつ写真芸術の全体像が見えてきて、私にとって今年の最も大事な展覧会見学となった。 於国立新美術館、9月12日(日)鑑賞。もう一ヶ月前のことか。
マン・レイの宇宙のなかの梨の雲
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夏前、愛用の電子辞書を落とした。以降、液晶が真っ黒になったり真っ白になったり、かといって問題なく使える時もあって、「捨てるに捨てられず」状態となった。だましだまし使っていたが、さすがに商売に差しつかえるので、新しいものを買うことにしたが、ちょうどモデル交代期で、旧モデルは売り切れ、新モデルは予約で高値と間がよくなく、困っていたが、ちょうど出入りの業者が新製品で値を下げたチラシを持ってきたので、飛びついた。下手にネットで買わないでよかった状態。 古語辞典がすぐに呼び出せることが必須条件なので「学習」モデル。話によると、社会人向け、語学向けより、モデルチェンジサイクルが早く値崩れが激しいという。販売対象である学生さんがまるで通過点のように同じ年頃、同じ時期に買うというパターンだからであろう。 電子辞書は我が家ではこれで三代目。カラー液晶、大量に載っている辞書、文学作品も入って盛りだくさん。各種辞書をまとめて検索するボタンも便利そう。 しかし、使ってみると、「すごい進化で感激!」とはならなかった。そもそも、私のような「国語」中心の使い方でカラー液晶はいらない。文字を調べている限り、着色されてなくても何の不都合もない。楽しみにしていた文学作品も画面が小さく読みづらい。圧倒的辞書数もそうそう使うものでもない。メモなど便利機能もついているが、生徒に聞いたところ、そうした機能を重宝して使っているのは、一クラスで一人だけだった。若者でさえ、純粋に英語や古語を引くのに使っているだけのレベルのようである。個人的には、前の機種に百科事典機能と社会資料的な情報がついていれば充分という気がしてきた。 買う前、楽しそうで、古い機種とは圧倒的に差があると思えたが、そうでもなかったというのが正直な感想。逆に、その多機能高性能を手に入れるために、電池は単四から単三に、重量や厚みも増して。一回り大きくなった。持ち歩く辞書は何にもましてかさばらず軽いというの大事。動作も微妙に緩慢。どちらがいいかと天秤にかけると、どっちもどっちという結論となる。もし多機能にするのだったら、「ポメラ」(キングジム)のように簡易ワープロ機能がついていたらいいし、無線ネット接続やデジタルオーディオ、電話・メール機能もついて、同じ大きさでオールインワンになっていたら便利なのだが、そこまではいっていない。 と、こぼしても始まらない。前使っていた機能、この機種ではどうやるのだろうと、モタモタしながら、今、鋭意使用中である。
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出張の帰り、丸の内の丸善を大慌てで巡っていたら、他の売り場と雰囲気の違う一角に迷い込んだ。雑然と本棚の前にも横積みで本が置いてあり、判型も特に揃っていない。ジャンルも大まかには区別されているが、違う分野の本も少し混じる。ああ、これは個人の書庫を模しているのだと意図をすぐ理解した。違う種類の本も、その場所の分野に興味がある人はこの分野にも興味を持つだろうということがよく考えてある。「知の森」を散策する気分をうまく演出して、長く居たくなる場所になっていた。 置かれていたパンフによると、そのエリアは「松丸本舗」というらしい。松岡正剛と丸善のコ・プロデュース。本離れの今、迷い込んでじっくり選んでくれることを期待する書籍販売の新しい試みとして新鮮だった。特にまったく予備知識なしだったので尚更であった。 夏目さん関連本が並んでいる棚で、小林勇「一本の道」(岩波書店)という本を見つけ、購入。こんな売れそうにない本は、今時の明るい照明下の書店で見つけることができない。古書店で意中の本を見つけたような気分。 帰りの列車で読み始めた。冒頭に茂吉の歌が引用してあった。酔った頭でそれを換骨奪胎。
あかあかとつれなきひかり魂(たま)溶かす かそけしき一本の道野分かな
他、旅行吟。
街の香を嗅げ東京の夏小路 購いしファーバーカステル夏終わる 痛みある腰をかばいて立食のパーティ我は名刺交わさず 目上ぐれば田舎の町に止まりをり古里近し稲穂垂る夕
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ようやく秋らしくなった金沢。温度変化が急激なせいもあって風邪をひき、医者に行くことに。薬を何種類ももらって、それで症状が抑えられている感じで気分がさえない。 朝、マンションのエレベーターに乗って、なぜかボタンを押しても動かない。よくみると今いる階を押していたとか、職場で、用事のため二階に降りるはずが一階までおりてしまい、今、なぜ一階にいるのか判らず、しばらく呆然としたなどといったポカを繰り返し、一見、普段通りにしていても、どこか薬で意識が眠っている部分があると気づいたりした。(愚妻に言わせると、それは薬のせいではなく歳のせいです、ということらしいのだが。) ここのところ、そういう訳で、何もする気が起きず、ぼんやりテレビを観て過ごしている。 我がマンションは大規模改修中。窓の格子枠や鉢植えなどを入れて、部屋は雑然としてる。これも気分的にすっきりしない一因か。
「あれ?寒む」と急ぐ夜中の金木犀
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お願い
この日記には教育についてのコメントが出てきます。時に辛口のことも多いのですが、これは、あくまでも個人的な感想であり、よりよい教育への提言でもあります。守秘義務や中傷にならないよう配慮しているつもりです。 もし、問題になりそうな部分がありましたら、メールにてお知らせください。
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