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ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。

 内容は、文学・言葉・読書・ジャズ・金沢・教育・カメラ写真・弓道など。一週間に2回程度の更新ペースですが、休日に書いたものを日を散らしてアップしているので、オン・タイムではありません。以前の日記に行くには、左上の<前月>の文字をクリックして下さい。

 

・XP終了に伴い、この日誌の更新ができなくなりました。この日誌の部分は、別のブログに移動します。アドレスは下記です。

 

エキサイトブログ 「金沢日和下駄〜ものぐさ〜」
           
http://hiyorigeta.exblog.jp/

 2013年09月24日
  ミュージカル「はだしのゲン」を観る
 今年、どこかの教育委員会が、漫画「はだしのゲン」には過激な描写があると、小学校の図書館での配架を閉架に移すように命令したとニュースで報じられ、話題になった。それからしばらくすると、出版元が大幅増刷の新聞広告を打ち、いやはや抜け目がないと思ったものだ。漫画家自身は昨年末に亡くなっている。この話、間違いなく今年の話題のひとつ。そうこうしていたら、今度のお芝居がこれで、実にタイムリーであった。その昔、組合がこの漫画を強く推奨していた時期があって、その記憶がある我々には何を今更という気がしなくもない。
 さて、今回の芝居はミュージカル仕立て。観客に見やすいように床が斜めに張ってある定番の舞台装置以外、ほとんど大道具がなく、揺らぐ麦の穂も黒子の身体で表現するやり方であった。舞台両サイドには次の出番待ちをする役者用の椅子まで見えるところにおいてあるという演出。こうした演出の工夫は随所にみられた。
 前半、仲のよい家族が描かれ、一瞬にして地獄となり、以後、生き残った母やゲンたちの奮闘を描く。原爆ものではそう描くしかない鉄壁の話の流れ。そうなるだろうという流れそのものの展開であった。しかしそれは、おそらく当時のヒロシマでは悲惨ではあるが、実にありふれた風景だったからこそ、この話の流れは普遍性をもつということなのだろう。
 出演者総員の合唱は力強く声をあげて迫力があったが、ソロの歌唱力は今ひとつ、ふたつ、みっつ。
 観ながら、そういえばと色々反省した。昔は年に一度、戦争教材あるいは原爆教材を授業に入れていたのであった。教科書に載っていた「夏の花」「ナガサキの郵便配達」などがあれば、それをした。なければ自分で時間を作ってなんらかの教材をした。
 しかし、シラバス通りの進行が絶対的に求められる昨今、決めたシラバスに入っていない時はしないようになった。最近は教科書の採用も以前より少なくなったように思う
 いけないな、事務仕事に追われて、昔、留意していたことが出来ていないと反省しながら観ていた。(2013・9・24)
 2013年09月23日
   肝心の美術展のほうに行く

 その、見損なった「俵屋宗達と琳派」展に翌週行ってきた。
 俵屋宗達はこちらで没したという伝承があり、後継者宗雪は加賀藩御用を務めた縁でここ金沢の美術は琳派と縁が深いという。県立美術館開館三十周年記念の美術館主催展である。
 宗達から弟子筋へ、最後は尾形光琳の作品と琳派の流れ的な展示方法のため、一人一人の作品数が少なく少々物足りないように思った。圧巻は光琳の「風神雷神図(模写)」で、実に国宝の宗達の絵に忠実。それでもちょっと原画よりファニーな印象。
  二階展示室で開催中の「工芸品に見る秋草」「日本画 女性美十色」なども鑑賞した。こうしたテーマに沿った展示はバラエティがあって、飽きずに楽しめる。琳派展が思ったほどの迫力がなかった分、こちらも含めて色々な美術を楽しんだ感じになった。美人絵なんて、雅俗取り混ぜ、もっと集めて大々的取り上げても面白いかもしれない。
 三連休最終日の昼過ぎということもあり、思ったほどの人出ではなく、人気の館内喫茶店からは女流フルート奏者の生演奏が垣間見え、ちょうどよいゆったりとした時間が流れていた。
 前半二日は引率業務だったので、貴重な秋の「ゆとり時間」となった。

 

 2013年09月20日
  「藤原真理チェロリサイタル」を聴く
 十六日(月・祝)、上記コンサートを県立美術館ホールにて聴く。美術館の企画展「俵屋宗達と琳派」に連動して「ーバッハと俵屋宗達と出会いー」と副題がついている。冒頭、簡単に学芸員らしき人から説明があったが、両者の関係についてはよく理解できなかった。おそらく、くっつけないと美術館の企画としてこのコンサートが実現できなかったからというのが実際のところなのではないか。
 仕事が思ったより長引き、雨も降っていたので、タクシーで美術館へ。終了後は「金沢ジャズストリート」の方に向かったので、肝心の美術展のほうは後日ということになった。
  藤原真理といえば。一九七〇年代、チャイコフスキー国際コンクールのチェロ部門第2位で有名になった人。我々世代で、日本の女流チェリストと言えば彼女のことである。往復葉書抽選方式ながら無料で彼女の演奏を聴けるのはうれしい限り。
 舞台に登場した彼女は無造作な髪型の我々夫婦より年上の方で、後で調べると、一回り上のご年齢であった。
 マルチェッロのオーボエ協奏曲第二楽章の編曲ものや追加で弾いたシューマなどピアノ伴奏の曲は、女流のチェロらしい流麗かつ表情豊かな演奏で本領発揮といったところ。特に「アリオーソ」とタイトルされた小品は、今春熱心に観ていたNHKドラマ「第二楽章」に使われていた曲で、解説にチェンバロ協奏曲第五番第二楽章と同一曲とあったので、確かに間違いなく「第二楽章」だと夫婦で顔を見合わせて納得した。
 プログラムは無伴奏チェロ組曲が中心。有名な一番・二番の「前奏曲」をやってから三番全曲という構成。昔、寝る前のBGMとしてヨーヨーマ演奏のCDを流していた頃があって、いつも一番が終わらない先に眠っていたので、三番は実はそんなに聴いたことがない。久しぶりで且つ生演奏でもあり、実に新鮮に聴くことができた。基本、一番の語法とそうも変わらない印象を持ったのだが、何分、素人。その印象が正しいかどうかはよく判らない。
 そもそも、一番のあの前奏曲を聴いただけで眠たくなるという「パブロフの犬」状態な自分を発見して、我ながら呆れた。
 それにしても、無伴奏というのは演奏が裸になるので、なかなか度胸がいるのではないか。下手な人の演奏は下手さが全面に出て、一気に聴くに堪えないものとなる。彼女の演奏はさすがに弾きなれていて、音程も確か。ただ、聞き慣れた若い頃録音のヨーヨーマの演奏に比べると、あちらが溌剌として大ぶりなのに対して、早いパッセージが若干遅く、少々こじんまりとした印象を受けた。性別の他に年齢的なものもあるのだろう。
 2013年09月18日
  「金沢ジャズストリート2013」を聴く(2)
 金沢大の「モダン・ジャズ・ソサエティ」は、地元ということで見劣りするのではと心配していたが、驚くほど音が出ていて、ソロも見事だった。山野ではベスト16、シード権も得たという。長年この楽団を聴いているが、こんなに上手い年はないように思う。大量に一年生が入ったということだが、このジャズ祭も五年目、高校ブラバンで鍛えられた管吹きが、ジャズもカッコイイと感じてクラシックにいかずに、こっちにやってきたのではないかしら。そうだとしたら、このフェスの功績である。
  金沢人の熱い支持を得ている国立音大「ニュー・タイド・ジャズ・オーケストラ」だが、今年は完成度・芸術性という点で例年以上であった。MCをしていたピアニストが、作曲・アレンジを担当した曲中心のプログラムで、作者自身のピアノ・ソロは多かったが、それ以外のソロは殆どなく、彼女のコンポジションをプロの卵らしく忠実に吹奏したといった印象。ノリノリでボーカリストが出てきたり、愛すべきトロンボーン奏者が長いソロをとったり、WRの「バードランド」のアンコールで会場大盛り上がりといったこれまでの印象とは大きく違っていた。各人舌を巻くほどうまいだけに、この方向性のままでいいのだろうか、アドリブ命の管奏者といずれ軋轢を生じないかと気になった。思い過ごしだといいのだが……。
 鈴木勲(b)+ウルフ・ワケニウス(g)+本田珠也(ds)のトリオがこの日のトリ。大ベテラン鈴木の演奏を聴くのは初めてで、彼のベースはアタックを聴かせる個性的なサウンドであった。軽々とスピーディなフレーズを連続するギターと、それとやり合う、これもスピーディでタイトなドラム。「バーニーズ・チューン」をスタートに、スタンダード・オンリーのプログラムだったが、あまりの上手さに、逆に少々一本調子に聞こえて変化に乏しかったのが残念。ギターはトラ(代役)で、本当なら山下洋輔(病気キャンセル)の予定だったので、致し方ないのかもしれない。
 三日目も午前中雨で、雨天プログラムに変更された。ところが、昼過ぎにはやんで青空も出てきたが、これも致し方ない。私は昨日同様、教育会館ホールに赴く。
 「ラズベリー16」は地元ホテル十六階のレストラン名に因む。愛らしい女性ボーカルをフューチャーしたラウンジ風ジャズ。二管フロントの「スレード」は「趣味悠々」的な中高年バンド。「金沢市民の歌」なんていう市制定の歌をジャズにアレンジしたりして、地元感満載。
 「塩村宰&ブレスティジ・ジャズ・オーケストラ」はこのフェスではお馴染み。例年通り、まとまりには欠けるが迫力はピカイチ。可愛らしい若い女性ボーカルが色を添えたが、ちょっと英語にこぶしが回っていて微笑ましい。
  「ピラミッド」もお馴染み実力派ビッグバンド。地元ジャズ愛好家の中では知らぬ人なきディーヴァ、篠崎アヤ(vo)がゲスト。キャブ・キャロウェーの「ミニー・ザ・ムーチャ(Minnie The Moocher)」なんていう一九三〇年代にヒットした古い掛け合い曲を、なまめかしく身をくねらせながら歌い、殿方をノックアウトしていた。
 「高澤綾+溝口3」は、ついこの前、七尾のジャズフェスで聴いたばかりの、美形女流トランペット奏者に地元のリズム隊がついたカルテット。肺活量の小さい華奢な女性が奏でるも、音程は安定してコントロールされており、アドリブも納得いく展開。七尾で聴いた時より上手くなっているように感じた。フレディ・ハバードの曲を二曲やっていたが、彼女のアイドルはこのフレディかもしれない。アドリブ・フレーズにチラリと影を感じた。
 明日仕事があるので、ここで席を立って、今年のお楽しみは終了。
 一昨年に続き雨となった今年のジャズストリート。室内会場に変更になったため、大幅に出演が減ってしまったのが、仕方ないことにせよ、残念であった。
 最後にひとつ希望を言えば、3日目(祝)も午後からスタートになっているが、県外客にとってみれば、もうその時間には帰らねばならず、聴くことが出来ない。県外客向けに、金沢駅会場くらいは三日目に限り午前スタートでもいいのではないか。
 2013年09月17日
  爽やか

 ここのところ、湿気が多く、気温以上に暑苦しい日々が続いた。梅雨がしっかり終わっていなかったので、今、梅雨の続きをしていますといった感じの気候である。豪雨もあって、異常気象とまでは言えないが、天候に悩まされた九月であった。
 今日、台風一過の好天となった。昨日、雨天プログラムとなった「金沢ジャズストリート」が今日だったらどんなに気持ちよく音楽を聴けただろう。
 爽やかな微風が、巻き込むように部屋に入って心地よい。空も秋晴れの紺青色に。ようやく秋らしい日となった。
 仕事をしていても一時間あたりの疲労度が全然違う。ここのところ、知的活動が停滞していた。少しは勉強しよう。

 

  みぎひだり下界視察の風見鶏

 2013年09月16日
   「金沢ジャズストリート2013」を聴く(1)
 恒例となってきた上記街中ジャズ祭が十四日から三日間あり、夕方から幾つか聴いた。仕事や法事などで連日スタートからは聴けなかった。
 十四日は尾山神社へ。沖縄から来た「エレメント・オブ・モーメンツ」は本来二管の五人組。今回、トロンボーンが欠けて四人での演奏。
  「4モーメンツ」は女性三人男性一人のボーカルグループにバックバンドが付いた編成。コーラス自体はあまり練られていないと思ったらソロ歌手の集合体とのこと。ソロをとった中では、声量はないがボサノバを歌った女性がコケティッシュな雰囲気が出ていた。
 ウラジミール・シャフラノフ(p)はフィンランドから。地元北陸のリズム隊を従えてのトリオ演奏。「サテンドール」やジョビンの曲、アンコールは「素晴らしい世界」とスタンダードを並べた。もうジャラジャラ弾くといった感じでさすが一流どころである。急ごしらえのリズム隊は失敗せずについていく感じ。
 「Epleトリオ」はノルウエーの若手。Epleはアップルの意とのこと。スカンジラビア半島の雪の大地を連想させる透徹なサウンド。アイヒャー好みのECMサウンドである。お祭りの野外ステージではなく室内会場で聴くべき種類の音楽であった。
 「ジル・デコイ・アソシエーション」は女性歌手とバンドの総称。全編日本語のオリジナル曲で、ジャズやアメリカンポップス風味を加えた歌謡曲といったところ。達者なバンドで、全編、歌の伴奏ではもったいない気がした。
 十五日は雨のため野外ステージが出来ず、雨用プログラムに変更されていたので、仙石通りの教育会館ホールで大学ビッグバンドを中心に聴いた。
  大阪大学の「ザ・ニュー・ウェイブ・ジャズ・オーケストラ」はベイシー・バンド。二曲目あたりからエンジンがかかりだし、オーソドックスなアレンジを各セクション毎に実にきっちり演奏していた。サックスはちょっと弱含みだが、トロンボーン隊が管のサウンドをきっちり仕上げていて、思っていた以上にうまい。
 同志社「ザ・サード・ハード・オーケストラ」は、一転コンテンポラリー・サウンド。山野のコンテストで優秀賞だったそうで、歯切れの良さはさすが。エイト・ビート中心で、ギターはハードロック調。管もダンゴになって聞こえる。後ろの座席にこのオケOBの知人がいて、その人の話によると、在籍していた二十年以上前からこのバンドはこの種の音楽をやっていたという。カシオペアあたりを拡大化し、ビッグバンドでやっている印象で、ビッグバンドである必然性が薄く、逆に古めかしい印象を持った。
 東工大の「ロス・カラチェロス」は毎年のように聴いていてお馴染みの楽隊。毎年少しずつメンバーが替わっているのが判る。ティンバレス奏者は細身の女性から低学年の男性に変わっていた。ラテン音楽とビッグバンドということで、うまくジャズや他の音楽の要素を組み合わせた独自の立ち位置になっていて、ラテン・ラテンしていないのがいい。(つづく)
 2013年09月15日
  人の不幸は
 今、旬の芸能人は壇密(だんみつ)さんである。グラビアモデル出身でエロティシズムが売り。この前、生徒の創作劇を、漫然と観客の頭の間から観ていて、最後のキャスト紹介のナレーションの時、「壇密役、○○」と聞こえたので、え、そんな人物出できたっけ、どんな恰好でやっていたんだろうと、急に顔を上げたら、横の同僚もこの言葉に反応して、急に背筋を伸ばしていた。
 お互い、オッサンですねえと大笑い。
 某日、某氏が他人を茶化して、「いやあ、大変ですね、失敗するといいですねえ。」なんて言う。そこで横で聞いていた私が一言。
 いやあ、確かに、人の不幸は壇密の味って言いますからねえ。
 これ、ことわざの意味が変わっていないところがミソである。ただ、エッチ度がぐっと増している。とっさのジョークの割りには良くできていると自己満足したのだが……。
(昔はこの種の軽口を時々書いていたのだが、最近はとんとご無沙汰。久しぶりに書いてみました。ネットを後で見るとやっぱり何人か使ってますねえ
。)
 2013年09月14日
  ひさびさの日本の曲
 山下達郎の「トレジャーズ」というベスト盤を十年以上前好んでかけていたが、ここのところ、ご無沙汰だった。今年のドラマの主題歌で彼の歌声を聞き、この古いベスト盤を引っ張り出して聴いていたが、どうせならと、かなり重複しているのを承知で、昨年出た三枚組のオールタイムベスト盤「オーパス」を買って車で流している。古いジャズと違って、サラウンドが効いて包み込むような伴奏の音響。それだけでも新鮮な上に、そもそも日本語なので歌詞の意味がよく判る。そんな当たり前のことが、歌謡曲を聴かない私にはえらく新鮮だった。ラブソングはやっぱり甘くてダイレクトにせつない。こんな干涸らびたオッサンがそう思うのだから、多くのカップルはこれを流しながらいい雰囲気になったのだろうなあと勝手に想像してしまう。でも、よく知っている曲は十年以上前のものばかり。今の若者がぴったり感のあるアーチストということにはもうならないのだろう。
 曲ごとに短いコメントと、歌謡曲には珍しいパーソネルが附されているが、それを見ると、中期の曲の伴奏には、有名な奏者が並び、大勢で演奏していたが、フルデジタル化した十数年前からはそれらは電子楽器に任されて、ほんの数人で済まされていることが判る。スタジオミュージシャンの時代は終わっているようで、今のポピュラー音楽は電子楽器が奏でる疑似音だらけということらしい。クロスオーバーにどっぷり浸かった我々の世代、各楽器のマスターである腕っこきのセッションマンを大尊敬しているので、彼らの職場が消失して腕の見せ所がなくなってしまっているのに、一抹の淋しさを感じた。
 彼が書いた歌詞を読むと、上手いなというフレーズがあり、歌詞の作り方として、成る程こういうやり口があるのだという手練も見える。ちょっとその辺り分析してしまうのがこの商売の悪い癖である。
 2013年09月11日
   オリンピック招致
 二〇二〇年オリンピックが東京に決まった。決定が7日早朝だったのでその日の新聞には反映されず、次の日は新聞休刊日。その次の日にようやく一面を飾るというちょっと間の悪い活字報道の流れであった。
 首相は「汚染水は完全にコントロールされている」と最終プレゼンテーションで大見得を切っていたが、それが事実でないことは誰の目にも明らかで、NHK「クローズアップ現代」でも、地下水対策をしようにも、高い汚染値のため慢性的に技術者不足となり、手詰まり状態であると東電副社長が率直に語っていた。解説によると、現状、漏れの箇所も特定されておらず、漏れるにまかせている状態という。
 「一人の人がつく嘘は嘘でしかないが、政治家が国民(全世界民)の前でつく大嘘は……」ということわざ(?)が脳裏に浮かぶし、国民に直視させたくない事柄は、別のおめでたいことを創出して、それに目を向けさせることで回避していくという政治の常套手段であるという指摘も多くのマスコミでなされている。オリンピック整備で復興事業が後回しになるのではという懸念の声も街頭インタビューなどでよく流れていた。
 反面、インフラ整備などで今後景気の上昇が期待できるし、何もしないより何らかのきっかけがあったほうがいいに決まっているという擁護論もある。誘致のロビー活動にかけた金額は高額にのぼり、ドブに捨てるようなことにならなかったのは喜ぶべきことかも知れない。
 前回を知っている人はもう五十歳代後半以上である。七年後にも生きていて、もう一度観られるかねえと年寄りが呟いている家庭も多いのではないか。ご病気の方で、これを励みに長生きしなくてはと思いを新たにしている方もあるやもしれず。
 今日は地震から二年半。もう三年以上たったかのように勘違いしていて愚妻にたしなめられたが、私は「まだ」そんなにしかたっていないのかというのが素朴な驚きであった。私を含め人々はもう記憶の遠くに片付けはじめているのかもしれない。二十万人以上の人が今も被災生活を送っているという新聞の活字を読むにつけ、復興はまだ始まったばかりというのが真実である。今回の誘致成功、同じ国なのに向く方向が分裂しているようにも感じられて、素直には喜べない気持ちも心の片隅にある。
 2013年09月07日
  荷風・ミュシャ・サラ(補足)
 八月中旬の日記で、ミュシャの感想を荷風とサラを絡めて書いた。三題噺風に纏めたかったのだが、いかんせん、荷風の観たサラの公演のポスターがミュシャ・デザインであった確証がなく、うまく絡まずに終わってしまっていて、ちょっと残念な気持ちであった。
 ところが、一昨日、千足伸行「もっと知りたい ミュシャー生涯と作品」(東京美術)を読んでいて、一九〇五年、サラのニューヨーク公演のポスターも彼の作品を手直ししたものを使っていたことが判明。内心、欣喜した。この年、間違いなく三人はニューヨークで接点があったのである。
 荷風の洋行日記にはミッシャの名はない。彼の作品を目にしていても、油絵中心の時代である、グラフィック・デザインの彼の名を心に刻むということはなかったのであろう。
 国葬で葬られたフランス文化の象徴的存在のサラ。それに対して、パリでアールヌーボーの旗手となったが、その後、フランスを離れ、スラブのために自分の芸術を捧げようと、後半生、祖国に戻るミュシャ。ニューヨークに来たばかりで、まずフランス語の劇を観て感激し、これこそ観たかったものだと喜ぶ荷風。荷風はその後ニューヨークで多くのオペラを観て目を肥やすこととなる。そして感じたのは、クラシックス(伝統)の重要性である。圧倒的伝統の力に、荷風はオペラ台本作家になるなどかなわぬ夢であることを知る。短いフランス滞在を経て日本に帰るが、最終的に彼が向かったのは、江戸芸術を愛し、花柳界を描くという、日本クラシックスへの偏愛であった。
 ミュシャの故国回帰は、政治的に抑圧され続けた故国を愛する愛国精神が基底にあり、荷風のそれは、気質的なものと生育環境的なもの、それに意識的文明批評の所産で、思想的にはまったく異なっているが、フランス文化から自国文化への自覚という意識の流れは共通しており、ミュシャ(1860年生まれ)は荷風(1879生まれ)の二十年先を歩んでいたと言えるのかもしれない。そして、繰り返しになるが、そんな仏蘭西に深い関係のある三人が、一九〇五年、パリならぬニューヨークの空の下にいたというのもなんだかとても面白い。
 2013年09月04日
  土砂降り

 昨日は代休。仕事がらみの用事と親戚の子に会うため、平日の繁華街にバスで向かう。この時点では降っていなかった。
 十二時前というのに歩道は閑散としており、シャッターが降りたままの店も時々見かける。潰れているというより、夜開店の飲食店が表通りに店を構えるようになったからなのだろう。それにしても寂しい。規模の大きな書店に入っても客は二人だけ。
 親戚の若い子と昼飯を食べながら、半分雑談、半分ちょっとした助言。場所は以前贔屓にしていたライブハウスの二階の洋食店。廃業して閉まっていたが、経営者が変わり、新規開店したので、そこにしてみる。気に入っていた中の造りや調度品は前のままだったが、料理にリーズナブル感がなく、大丈夫かしらとチラリと思う。デザートは、ネットで評判の甘味屋さんへ。土・日は混雑していて、今回、平日ならではでようやく入店。ぜんざいを注文。お豆たっぷり、甘みもしっかりある昔風。しかし、しつこくはないという、多くの客が満足する王道のお味。こうして、一日に二つのお店を開拓したのが今日のトピックであった。
 彼女と別れた後、伝統工藝品店で仕事がらみの注文をし、用事は終了。バス停に向かうあたりで雨脚が強くなり、バスを降りる頃には、道が川状態になっていた。水深が靴以上あって、革靴の中はぐちゃぐちゃ。折りたたみ傘など何の役にも立たず、全身ずぶ濡れ。革鞄、革ベルトなど濡れてはいけないものも全部水分を吸って、帰宅後、世話が大変だった。
 今日は仕事。午後、警報が出たから注意するようにと街頭放送が聞こえてきて、すぐに横なぐりの雨になった。自宅の小窓を開けてきたので、心配したが日中はもうどうしようもない。
 停滞している前線を、近づきつつある台風が刺激しつづけ、日本列島はここ数日、集中豪雨の被害が相次いでいる。一昨日は関東で竜巻が起こって大騒ぎしていたのがニュースになっていた。
  福島第一の汚染水タンクの放射線洩れが続いている。急ごしらえの貯蔵タンクがもう傷んでいる。延々と保存し続けなければならないのに……。それに、大本の傷んだ原子炉下の地下水を汚染させない抜本的な対策も急がないと、海水汚染が常態化してしまう。ニュースでは他に、どこどこの原発の断層は活断層だったとか、どこどこは違ったとかいうのが、気象話題に混ざって入ってくる。
 こんな原発話題を聞きながら、雨の落ちる黒い雲を眺めている気持ちは、なんとも暗く、日本は大丈夫なのだろうかとの不安が募る。まるで末法の世のようである。

 

[1] 

お願い

 この日記には教育についてのコメントが出てきます。時に辛口のことも多いのですが、これは、あくまでも個人的な感想であり、よりよい教育への提言でもあります。守秘義務や中傷にならないよう配慮しているつもりです。 もし、問題になりそうな部分がありましたら、メールにてお知らせください。

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