ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
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2011年02月01日 :: 劇「出番を待ちながらWaiting in The Wings 」(木山事務所)を観る |
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登場人物は老齢女性がほとんど。「三婆」などと同じく「婆物」である。女優専用の老人ホーム「ウイングス」へ、かつての大女優ロッタ・ベインブリッジ(三田和代)が入所してくる。ホームには犬猿の仲で三十年以上言葉を交わしたことのない女優がおり、どうなることやら周りが心配するところから話は始まる。当初は剣呑な関係が続いたが、痴呆の女が放火して小火騒ぎとなったのをきっかけに、心が通じ合うようになる。ここにマスコミの女が記事目当てに闖入してたり、昔のファンが寝たきり老女優のもとに通ってきたり、疎遠になっていた息子が尋ねてきて一緒に住もうと申し出たりと、人の出入りがあるが、根っこの部分でいい人ばかりなので、事件やちょっとしたいがみ合いがあっても、暖かいものが通底していて、安心して見ていられる。 西洋ではこうした職能別老人ホームというのが古くから充実していたのであろうか。原作は一九六〇年の作と聞く。組合あたりがよほどしっかりしていないと、実現できないそうもない制度で、この芝居では決定は委員会なる上部組織が執り行っているようだ。組合組織の一機関といったところだろうか。日本に、こうした職能ホームがあるという話は寡聞にして聞かない。 観る観客もまさに同世代の女性ばかり。我が身につまされながら見ていたのではないか。私は、父存命中のホーム探しを思い出していた。 父の入院中、症状が安定すると、すぐに退院を促された。今の医療制度では、症状が止まった人はそのまま入院を継続することはできない。ホームや老人病院をあたったが、町中の便利なホームは二〇〇人待ちの盛況で無理、郊外の老人ホームでは、色々な老化レベルのお年寄りがわさわさと共同生活をしており、プライバシーはほとんどなさそうだった。老人病院にいたっては、手厚い看護とはほど遠く、定期的におむつ替えする程度のケアしかできていなかった。そもそも看護師の絶対数が少ない。どこも自分に引き寄せて考えて、入りたくないところばかりで、これが現代の終末医療かと居心地の悪さに暗澹とした。 「寝ている間にころっあの世行き」が多くの人の理想だろうが、少なくとも、老人病院より普通の病院で死んだほうがどう考えてもいい。幸いというべきか不幸にもというべきか、父はその後、症状が悪化し、そのまま継続入院となり、そこで亡くなった。 そうした現実に較べ、この話には運命共同体的な暖かさがある。突然死があったり、惚けがあったり、ホームに違和感を感ずる人がいたりと、事態はそんなに手放しのものでもないが、作者ノエル・カワードは、あくまで前向きに描いて、ここが作者の理想像であるかのようである。それと、主役たちを女優にしたのは、このホームという場でも演技ができるから。演技を最期まで全うできるから、共同体は円満なのだといいたいのではないか。仲良くやるには、演技が必要だと。穿ちすぎか。 原題は「舞台袖で待機する」の意。人生をリタイヤした訳ではなく、天国に召される出番を待っているののでもなく、ここ「ウイングス」の彼女たちは、いつまでも女優として現役なのだ、そういいたいのであろう。 また新たな入居者が入ってきた。住人たちは、彼女のトレードマークの歌を歌いながら、彼女を明るく出迎えるところでこの話は終わる。(2011・1・30)
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