ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
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2006年03月15日 :: 吾妻ひでお『失踪日記』(イースト・プレス)を読む |
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昨年話題になった漫画本。平成十七年度(第九回)文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞受賞作である。愚妻が知人から借りてきて読み、そのおこぼれに預かって読んだ。装幀とタイトルから、てっきり字の本だと思っていた。 作者の吾妻ひでおは、ロリータ・ギャグ・SFといったキーワードで括れる人で、特に個人的には、昔々、「オリンポスのポロン」を連載中から楽しく読んだ。ギリシャ神話の神々がえらく人間くさい連中として出てくるのが楽しかった。お色気うっふん路線のアフロディーテを母、グータラなアポロンを父にもつのが可愛い主人公のポロンちゃんという設定だった。 なぜ、そんなの読んでいたのか……? そうそう、思い出した。あのころは、漫画なんて買えず、友人が買っていた少女コミック誌も借りて、隅から隅までしっかり目を通していたのだった。もう手当たり次第という感じなのが、いかにもあの頃の年齢らしい。 本当に久しぶりに読んだ彼の漫画、失踪、林の中でのホームレス、第二の失踪、配管工生活、入院と続く凄惨な下降体験を、自分を主人公に戯画化しつつ、客観的に描いている。 文中に「鬱と不安と妄想が襲いかかってきて」とある。最初が自殺未遂、続くホームレス生活も人に会わないようにする単独行であるなどの行動から、基本的には中年性の鬱病に罹ったといえる。また、「頭から何やら湧いてきた」と幻覚の症状も出ている。途中、人に交じって肉体労働していた時期もあるので、彼の場合、一つの病気と一概には言えない気がする。 そうした病の上に、漫画家という閉ざされた世界で社会性に乏しい生活を続けていたこと、創作者としてイマジネーションの枯渇への不安などが重なって、アルコール依存症による保護(家族による強制)入院まで突き進んでしまったということのようだ。 精神的な病は、素人が考えている以上に生物的なものらしく、今は薬が発達して驚くほど改善される。仕事柄、いくつかの症例を見た実感としてそう思う。彼の場合、初期治療を施せなかったのが長期化した原因という感じである。 漫画では、捕まった警察署員に彼のファンがいて、色紙に「夢」とかかされて、なんだかなあと思ったという話など、終始、面白可笑しく描いてあるが、悲惨な自己の体験でどれだけ読者に楽しんでもらえるか、そうした態度で描かれていることに、表現者としての業を感じた人が、ブログの感想などを読むと多いようである。 他に、実体験としてのホームレス生活の知恵や機微に対する感想、配管工仲間やアル中仲間の人物がよく描かれていることに対するコメントも多く見受けられた。私もその三点が特に印象的だった。 漫画のタッチは、あのころと全然変わっていない。手塚治虫やトキワ荘世代の漫画の影響が顕著な三頭身の人物たちで、劇画の影響下にない作風なので、我々にとっては懐かしい思いがする。タッチに刺激感がないので見やすく、漫画から遠ざかっている中年の我々でもつっかからずに読める。おそらく、まあるい線が多用されていることが、直線と鋭角が多用される劇画との違いなのだろうだということに今回気がついた。 意識的にしたのだろう、全編、四段割になっている。一部、大カットも二段抜き・三段抜きときっちり切ってあって、斜めコマ切りはない。そのスクエアで小さなコマ割りの中で、登場人物の全身を詰め込んでいる。 また、吹き出しで多くの言葉を入れている他に、四角で囲って状況を説明している文がコマに多く付随していて、一見、字だらけな漫画本であることが印象的である。こうした特色のため、漫画として一冊の情報量は大変多くなっている。 ということで、最近の私の分類でいけば、これも、絵と文のコラボレーション作品の一つなのではないかと感じた。今までの感覚なら日記やエッセイとして書かれたであろう内容を、彼は漫画家だから漫画で書いた。そのため、文章が画中に沢山残ったのである。 読後、この本を出版した編集者へのインタビュー記事(「担当編集者は知っている」)を見つけて読んだ。せっかく本一冊分の原稿が出来ていても、もう過去の人というイメージと最近年の売り上げデータを元に、人気のない作家と判断されて、出版の引き受け手がなかったのだそうである。それを、この編集者が読んで感動し、「過去のデータより、とにかくこの作品を読んでほしい。ここでこの本を出さなかったら、一生後悔することになる」と社内を説き伏せて出版にこぎつけたそうである。気がついた人だけにと裏カバーにもインタビュー記事が載っていたりと、編集手腕もなかなかである。 過去のデータでは、安全な仕事が出来るかもしれないが尻つぼみにしかならない。本当の成功は、自分のアンテナを信じるしかない。これは、どんな世界にも言えることである。
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