ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
内容は、文学・言葉・読書・ジャズ・金沢・教育・カメラ写真・弓道など。一週間に2回程度の更新ペースですが、休日に書いたものを日を散らしてアップしているので、オン・タイムではありません。以前の日記に行くには、左上の<前月>の文字をクリックして下さい。
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2007年03月22日 :: 除籍作業 |
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職場は、戦前の図書を引き継いでいるので、古ぼけた蔵書がかなりある。これまで手つかずだった、これら本の「除籍」をすることとなった。簡単に言うと、廃棄である。時間的な基準を設けて、古いものを棚から下ろし、リサイクルマーケット宜しくブルーシートに並べる。それを検分し、入り用のものはまた元に戻す。 それにしても、立派な専門書ばかり。大学図書館レベルである。哲学書も目立つ。国語関係では、橋本進吉、時枝誠記、山田孝雄……。本当に当時の高校生はこんな本を読んでいたのだろうかと訝しく思ったが、時には書き込みがあったりして、決してお飾りでなかったことが判る。エライものだ。「昔、高校生といえば、ごく一部の人。エリートだったからねえ。」とはベテランの先生。毎日付き合っている今の子とは隔世の感がある。 図書購入費に、この「蔵書数」が関係しているらしい。何事も数字の世の中、この業界の視聴率「図書貸出数」を上げねばならぬ。そのためには、生徒が借りてくれる本を多く置きたい。予算削減は致命的、予算獲得のためにまずスリム化という考え。数字は文化を駆逐するという言葉が脳裏をよぎる。 ずらっと並んだ古本ひとつひとつに「廃棄」のハンコを押しながら思う。ここに「知」の塊がある。書き手は、その当時、一生懸命考え考えて、一冊の本を著す。時がたち、その「知」は古びる。著者もこの世から去る。残った本も茶けていき、捨てられる。一瞬輝いた「知」のほとんどは、こうしてゆっくり退場し、最初からなにもなかったかのようになる。 大昔の、名も知らぬ著者の口絵ポートレート写真を見ながら、この人はどんな人生を歩んで、どんな時期に、どんな気持ちでこの本を上梓したのだろう。書いたときは意気軒昂だっただろうなと勝手に思い込みをした。 作業も終了した。廃棄する前、欲しいものがあったら持っていって下さいと声をかけたところ、何冊も救出された方がいた。勉学意欲がないと出来ないねえと、係一同感心したが、私はこうも付け足した。 「お住まいに余裕のある方なんでしょうね。そっちが、断然、羨ましい。」 そうそう、「また、こんなゴミみたいなもの拾ってきてと鬼嫁にどやされそうだなあ。」とブツブツ言いながら持っていった人もいましたよ。それは誰かというと……。
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