ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』な らぬ「ものぐさ」です。
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2009年01月23日 :: (つづき) |
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そういえばと、以前この日記で触れた沢田研二の「君をのせて」(岩谷時子作詞)も心に浮かんだ。
「君のこころ塞ぐ時」、「ひとの言葉、夢のむなしさ」知った時には、「粋な歌をうたい、君をのせて夜の海をわたる舟になろう。」という詞。
この歌、前は男と女の歌として読んだ。だが、元々は男同士の歌なのだという。確かに「皮の靴をはいて、肩と肩をぶつけながら」というあたりに、はっきりそれは感じられる。 三つの曲、どれもラブソングとして読むことも可能だが、共通しているのは、性別とは無関係に、傷ついた友人に手を差しのべる「連帯」の気持ちである。ストレートな「ヒューマニズム」と言い換えてもいい。 LP「明日に架ける橋」は一九七〇年の発売。LP「つづれ織り」は翌一九七一年。沢田研二のシングルは同年十一月リリース。 あの頃、米国はベトナム戦争が泥沼化していた。ジュリーのは安保闘争終焉の頃。だからこそ、音楽の上では、こうした「愛のメッセージ」が充ち満ちていたのだろう。 あれから四十年近くたつ。私の心の中で、急にあの頃の時代の気分がふわっと入り込んできて、懐かしくも切ない気分に襲われた。
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