(論説)谷崎潤一郎出演『瘋癲老人日記』のテープ書について
一昨年は、谷崎潤一郎生誕百年を記念して、多くの出版や催し物があったが、その一つとして、あるレコード会社より、作者自身が主人公を演じた『瘋癲老人日記』のラジオ放送の録音カセットが発売された。書籍と違って形のあるものではないので、入手が困難だっただけに、研究者には朗報であった。 ところが、そのテープ書の解説を読むと、昭和三十六年七月に放送があったことになっている。この作品は、昭和三十六年十一月から翌年五月まで連載されたもので、このデータは明らかに誤り。しかも、不思議なことに、付載の年譜事項欄には、肝心の昭和三十六、三十七年の記述がないのである。おそらく担当者は三十六年の放送を信じ込み、矛盾がないよう年譜を空白にする等、苦労したようである。その上、困ったことに、演出などの制作スタッフのデータさえ書かれていない。これでは、どこまで谷崎の意志が反映されているのか確認のしようがない。 こうした事態は、研究者か関係者が一人でも監修として関わっていれば避けることができたはずである。従来、こうした作品が一段低く見られていたのは事実。しかし、作者が参画している場合、作者の表現活動として認知し、厳密な書誌的作業が今後必要となろう。 近年、テープ書の企画が目につくか、編集の質が問われることになろうし、また、研究者の側もそれに応えていかねばならない。 (「解釈」昭和62年2月号 解釈学会)
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