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 この頁は、戦前・戦後のベストセラーについて論及した論文を掲載しています。

遅々として作業が進まず、過去に書いた論文のアップが遅れていますが、徐々に充実させていくつもりです。申し訳ありません。  

  (論文)昭和五十年代文学作品覚書ー池田満寿夫「エーゲ海に捧ぐ」を中心にー

(論文)昭和五十年代文学作品覚書ー池田満寿夫『エーゲ海に捧ぐ』を中心にー

 

 昭和五十年代初頭の文学については、既に一定の歳月が経過し、その文学的評価が求められる時期にきているのではないだろうか。本稿では、当時のベストセラー、池田満寿夫『エーゲ海に棒ぐ』に焦点を当て、時代性からの照射、或いは同時代の評価との関連の中で、当時の彼の文学的志向を明らかにしていきたい。

 

一 新世代文学と視覚メディア

 

 昭和五十年代初頭に出版され、話題を集めた作品を任意に羅列してみる。 

 

昭51(1976) 村上龍『限りなく透明に近いブルー』
昭52(1977) 池田満寿夫『エーゲ海に捧ぐ』(再掲)
          村上 龍『海の向うで戟争が始まる』
          中上健次『十八才 海へ』
昭53(1978) 中沢けい 『海を感じる時』

 

 作品の多くが芥川賞をはじめとする文学賞を受賞し、このことが、その後のストセラー化の引き金となった。彼らの登場は、前世代ー「内向の世代」等に較べると、年齢的にも極めて若く、文学的な経験も浅い者が多い。新しい感性の文学であり、賛否入り乱れる形で、社会的な話題にまで発展した。特に村上龍『限りなく透明に近いブルー』が昭和三十年代の『太陽の季節』に比せられ、大ベストセラーになったことは、一つの象徴的事件であった。しかし、純文学の退潮の中で、味をしめた出版社側が、文学的修練の未熟な者に賞を乱発し、話題性のみを追求した結果、安易に読者が飛びつかぬようになり、退潮に拍車をかけたこともまた事実である。現在では、売上げ上位に純文学が並ぶことは稀になり、一部の作品が突出的にべストセラー化する傾向に変質しているようである。明らかに当時はこうした状況を生む萌芽期であり、その危険性を内包しつつ、華々しい話題で表面のみの活況を呈していた時代であった。
 当時の状況について、篠田浩一郎は、既に、昭和五十三年の段階で、

 

 このところ数年の芥川賞入選の小説では地の文ではなく標題がメタフォール的で、つまり、内容との対応関係が稀薄であるものほど、多量消費のルートにのったのではなかったか。これらはテレビのコマーシャルが、また週刊誌の広告が問題の商品とはあらまし無関係なような、しばしばエロス的要素を含むイメージを同時に提示して視覚を混乱させ、購読意欲を無意識の領域から誘いだすのにある意味で似ており、「文学」とはついにタイトルの問題に還元されてしまった、すくなくとも傾きがあることを否定できない。(註1)

 

との分析を示し、その後の純文学の風化やキャッチコピー時代の全盛を予言していた。確かに、偶然にも前掲作品群のタイトルには<海>が象徴として使用され、多くは「エロス的要素」を暗示している。情報のメディア化の中で、小説も直截な視覚メディアの波に吸収され、標題にのみ有効性を維持するに到った訳である。当時の新人作家の作品に妙に凝った長い標題を持つものが多いのも故無しとしない。内容も問題提起的なものは避られ、表現的にも、若者の日常会話に近い文体で、時には村上春樹『風の歌を聴け』のように、Tシャツの描写をイラストで済すといった有様である。量的には、無論、新人のせいもあるが、中編程度のものが多く、一冊の書籍として体裁を保つために、一頁の上下に余白を多くとり、頁をかせいで、読者に読書の充実感だけは味わせるからくりが目につき始めたのもこの頃からである。
 彼らは、多く戦後世代であり、「内向の世代」等と違い、戦後の飢餓も体験せず、平和な生活こそが日常であった。中沢けいなど、当時は、まだ学生で、文字通り、彼女自身の「海を感ずる」深層を追求すればよかったのであるし、印税が入ったお蔭で、悠然と大学生活を送れた幸せを憶面もなく随筆で書いている程である。
 こうした彼らの世代について、松本鶴雄は、 

 

平和の日常性の申し子のような彼らには当然、「内向の世代」が見せてくれる日常性に対するアンビバレンツな感情が欠落しているわけであるが、さりとて日常性を素直に肯定し、受容することもできないので、想像力を唯一の武器にして、感性の中で日常性を(中略)破壊する試みをやっているが、しかし、現実の日常が壊れぬ以上、かえって焦燥感のみ深まって狂燥的になる度合いにつれて、作品の重みが稀薄になるという宿命から逃れられぬようだ。(註2)

 

と指摘している。視覚イメージを中心とした想像力の飛翔を重視する彼らが、はたして焦燥感のみ深めているのか、多少疑問の残るところであるが、確かに、日常性を全面的に肯定し、意識的に開示させるには、後の田中康夫『なんとなくクリスタル』まで待たねばならなかった。その意味では、村上龍など多少前時代的資質を残していると言える。
 しかし、総体的に見て、彼らは「内向の世代」が持つ脱イデオロギー的な、自我あるいは個人的な状況の中で作品の真実の手応えを求めようとする基底は継承しつつ、「内向の世代」が「意識的に苦心をして、自己抑制の末に到達した<日常性>は、新しい人々にとっては、まさに自己のアイデンティティそのもの」(同)だったことは間違いない。「社会と自己」等、日常性への対峙の方法が決定的に違っていたのである。このため、日常それ自体への本質的な懐疑へとは発展せず、気分の問題に止まっているというのが真相だろう。
 その分と言うべきか、視覚イメージに関しては清新なものがあり、その豊饒な想像力を駆使して作品化している。村上龍の芥川賞受賞第一作『海の向うで戦争がはじまる』などはそのよい例で、その想像力が作品を成り立たせている。描写面でも、元来、美大生であったためか、絵画的な描写にすぐれ、『限りなく透明に近いブルー』の、ドアの間に区切られた空といった視線の描写などが新鮮なイメージを与えていた。この点、池田満寿夫も同様で、『エーゲ海に捧ぐ』の「照明のせいか、その部分が濃い青色に見え、腹部や胸の方がなんとなくぼんやりしている」「その風景を照らしだしている照明の輪が裸の表面を移動しはじめている」といった、カメラフォーカス・カメラワーク的な描写は、撮影中の出来事という状況設定と合致して効果を上げているし、「私の視覚は(中略)感光していない」といった言い廻しも新鮮である。構想面、描写面、表現面いずれも視覚イメージに依拠しており、標題ばかりでなく、小説の内容自体も変容してきたといえる。
 もちろん、この点は、前述のように、文学に限られた傾向ではなく、キャッチコピーの流行、所謂タウン誌の定着といった現象とも無関係ではない。コピーはイメージによる商品販売戦術であり、イメージの創出、感性の切り売りが花形的職業となる世の中になってきたことを示しているし、タウン誌は、既に前田愛が述べているように、錯綜する都市空間で情報の整理選択が個人の能力の限界を超えた時、その代替を営業ベースで引き受けたものといえる(註3)。項目的に整理された多量のデータは、都市という猥雑な集合体から一定のイメージを抽出させているのである。こうした状況は、都市が発展・成熟してはじめて現出する。都市に住む者は、自らの興味関心にしたがって、一定の情報を採収し知的バックボーンを形成する。興味は細分化の方向に向かう。このため、各人のイメージもまた極めて個別的なものになり、ある程度同等な知的背景があってはじめて、そのイメージに共感できることこととなる。「そこには古典的な意味での写生も描写もありはしない。あるのは、イメージの変形であり、奔放な連想である」(宮内豊)(註4)と評される『エーゲ海に捧ぐ』の場合、女陰のことを「地中海」「エーゲ海」等と、いくら比喩を試みても、これを「抵抗なく受け入れることができなければ、この小説を読むのも苦痛以外のことではないかもしれない」(同)といった二者択一的な議論に陥る危険性があるし、実際、相当の拒絶反応があった。
 宮内は、新世代がこうした視覚イメージ重視の姿勢を見せた背景として、 

 

文学観の断層という問題以前にむしろ現代日本の生活環境の急速な変化がもたらした感性の断層という問題がよこたわっている。

 

と指摘している。この点を検証してみたい。
 彼の指摘は、昭和三十年代以降の爆発的な人工の都市流入と生活様式の変化を念頭に置いている。「食寝分離」理念による公団住宅の登場が従来の生活様式を大幅に変えていった。団地に住む住人の洋式のライフスタイルが新文化の目標となり、「生活文化とは家庭電化の謂である」式の浅薄な近代主義が主流となった。

 

近代主義は、その普及版のかたちをとって「長屋」から「高層団地」への近代志向を推進したのである。それを支えていた心情的な基盤が、農村的なものにたいする「恥」の意識、あるいは、その裏返しの表現としてのラシーヌの舞台への憧憬にほかならなかった。(磯田光一)(註5)

 

 こうした住宅環境の変化がもたらした精神上の影響については、既に多くの指摘があるが、例えば、『日本住宅公団十年史』の中で肯定的に指摘している次の著名な記述、

 

シリンダー錠は、いわば住宅公団にとってもたらされたプライバシーの概念を端的に象徴するものであった。(中略)これはまた日本の庶民の暮しの実感の中に公的な空間と私的な空間の区別を明確化させるきっかけとなった。

 

にしても、裏を返せば、「かつて<はれ>と<け>を併存していた人間の住宅が<はれ>の領域を失うとともに<け>の領域が合理的な規格に落ちこんでしまった」(磯田)にすぎない訳で、公的空間と私的空間の間に緩衝地帯のあった旧来の住宅に較べ、重い鉄扉一枚で公私の区別を強いられる団地の構造は余りに二元的である。
 この生活様式の中で成長した世代が前世代と感性を異にするのは当然だろう。現代人は、以前に較べはるかに閉された空間の住人である。このある種、「母なる空間」とでも言える中で、端末情報機器を利用するなどして多量の情報を選択している。乱雑な意味性を持った多量の情報の乱入はタブーであり、受け手は、前述の篠田が指摘するように、内容と遊離した「メタフォール(濫喩)」的に認識する他ないのである。
 『エーゲ海に捧ぐ』は、基本的に、妻からの電話を聞きながら、眼前の撮影風景を眺めるという構図で、「視空間と聴空間の分裂を枠組みとする小説」(前田)といえる。これは、一九七九年発売されブームとなったウォークマンを予感させるスタイルなのである。この主人公には明らかに、電車の中でウォークマンをし、好きな音楽を聴きながらタウン誌を読み耽っている若者の影がある。ウォークマンでの外出は、一見、主体的な情報の選択のようではあるが、逆に言えば、外界からの情報への拒絶に他ならない。即ち、心の平静をあたえてくれる室内空間の延長でしかないのである。 この主人公の置かれた状況も、メタフォール的な情報として流入する限り、主人公の主体をおびやかすことはない。妻からの愚痴も聞き流していればよいのである。しかし作品は最後に破られる。
 妻トキコが、相手の女性について話し始めた時、「アニタにはかつて一度も会っていないはずだ。それは明瞭な事実だ」という確信は崩れ始める。「ソレガドウシテ解ルンダ?」「こんなに息苦しいはずがない。私の声はあきらかにうわずっている」。妻の告白と、グロリアのオーラルセックスの開始とが、メタフォール的情報という枠を超えた途端、主体は大きな動揺を余儀なくされる。これは、ある意味で外空間の内空間への侵入といえ、「トキコがなにを言っているのかよく解らない」と錯乱する主人公の精神は、そのまま、精神のシリンダー錠が壊れた時の脆弱さを示していると言えるだろう。この作品が、

 

私たちをとりまいている消費の記号としての商品世界、タウン誌やエンターテイメント誌にうつしだされている、きらびやかな表層だけの世界の暗喩なのである。ものの映像としてひたすら眺められている人間と、声だけの存在としてとらえられている人間とに分裂した構図、そしてまた隔離された密室という設定に、『エーゲ海に捧ぐ』の基本構造が求められるとすれば、この作品は現代の言語状況をこのうえもなく精妙なスタイルによって要約したモデルである。(註7)

 

ことには違いないが、付け加えれば、そこにはある一つのアイロニカルな意味が隠されていると言ったら深読みにすぎるであろうか。

 

二 作者の小説観と作品の構造 

 

 美術家として既に固有の芸術観を確立していた池田のモチーフは「一見多様であるが、主要な執心は女体にあり(中略)比喩によって、多くの作品が形象されている」(瀬木慎一)(註8)といえ、曲線は多く性的な香りを放っている。そのモチーフの原点は次の言葉から理解できる。

 

 私が今日にいたるまで最も刺激され影響された言葉はヘンリーミラーの「性の世界」の中の「私はすべての女性の子宮をのぞきたい願望を持っていた」という一節であった。その言葉に私は決定的に支配されたのである。(註9)

 

彼にとって「子宮」とは、「メタフィジックに女性を象徴するもの」だったのであり、シュールレアリストがその形態に意味を見い出したのと同様に、彼の作品中にも「T字形をさかんに性を表わすものとして使った」という。(T字型とは、子宮の断面図の形であり、その形がエロチックなものを象徴すると観る者全員に理解できるかという疑問もなくはない)。こうしたモチーフを持つ彼が、小説というジャンルに挑戦しようとした理由については、受賞の言葉の中で、海外生活で日本語を使う機会がなく、頭の中が日本語で埋まり、書かずにはおれなくなったと解説している(註10)が、もちろん、これは要因の一つでしかあり得まい。別の随筆の中では、明確に「自分の絵画のスタイルを文字に書き変えてみたらどうなるか」という欲望を持ったためと記している(註11)。つまり、彼の芸術観をそのまま小説の世界に応用したものがこの作品という訳である。版画では曲線で表現される性的なモチーフを文字で表わすには、「性描写の常套語を絶対に使わないで、新しい表現を使う」という方法を使ったという。作品上では、主に女陰を中心に女性の肢体の比喩という形で表現されていく。「性を表現する新しい名詞あるいは記号を発見したとき、私は自分の目的が半ば達成されたと自己満足した」−彼にとっては、版画の曲線に性的モチーフを見い出すことと同じ意味、同じ作業なのであろう。比喩を散りばめることが、彼にとっては絵画に線を書き込んだことと同じになる。無論、彼自身、「二つや三つの名詞を発見して使っただけでは小説は成り立たない」ことは承知の上で、それを十全に生かす構造として、例の、視空間と聴空間の分裂の構図を採用したのであった。その際、電話の目に見えない日本人の声の方を生々しくして、「見えている部分を抽象的にできるだけする」(註12)という操作をしている。これによって、視空間は、裸体のある光景にも拘らず、猥褻性が消失している。そして、倉庫を改造したスタジオという殺風景な舞台は、その豊潤な比喩によって、エーゲ海など、まばゆいイメージを発散する風景に幻視される効果を生んでいるのである。
 作者は、この作品で「日本人の女房と、現在一緒にいるアメリカ人の恋人と、つまり日本の女とアメリカの女を対比させようという考え」を実行に移したとも語っている。確かに聴空間と視空間は日本人と外国人との分裂でもある。抽象化された視空間にいるアニタとグロリアには感情がほとんどあたえられていないが、トキコの感情は非常に強調したものとなっている。彼女は、性的な話題を平然と叫び散らす反面、極めて日本的な神経の持ち主でもある。主人公に恥をかかせないために現地へ出掛けないこと、そのことで恥をかくのは自分の方であること、前の女と別れるために話をつけたのと同様、今回も相手の女に手をついてあやまってもいいと思ったことなど、「日本の女の感情」であり、そのことを主人公に強調している。水洗便所より旧式の便所を好むと言わせたり、証拠の下着を「火鉢」で燃したり、新宿付近に住む現代女性にしてはえらく古風な設定である。そして、その間に佇立する主人公も、国際電話の料金を気にしながら、自分から切れば吝嗇で気の小さい男になり下がると、ずるずる通話を続けてしまう日本的な感情の持主のようである。外国人女性が放つまばゆいエロチシズムに心を奪われながらも、<日本>という根を裁ち切れずにいる。この構図の中の「私」に作者自身の芸術上の志向を投影させている。作者は、何故、日本人にも拘らず西洋の女ばかり描くのかという質問をよく受けると述べているが、これはその回答でもあり、自己分析にもなっているようである。

 彼に言葉という表現手段を認識させたのは、昭和三十五年から八年間同棲した富岡多恵子の存在が大きい。お互い芸術家同志、「卑俗な日常の断片から、高邁で頭が痛くなる文明論」まで議論し、詩人の「創造の過程がまったく私の過程と違う」ことを知らされ、相手に「発想の段階から完成までの全過程の舞台裏を知りつくされ」、「相手を罵倒される時は、世界中でもっとも痛みをあたえる言葉でつきさし、つきさされねばならなかった」(註13)ーこの壮絶な戦いは、芸術家である自己のアイデンティティーを賭けた戦いであり、お互い妥協せず、「影響をあたえられるより、影響をあたえようというメタフィジックな闘争」に明け暮れたという。彼の生活に、肉体を供なった詩人の言葉が、日常性という足枷と共に襲いかかってきた。彼の芸術観は、身近の芸術家によって客観化され、突き付けられる。謂わば、彼にとっては「批評家の目を内蔵」したようなものである。そして、それが美術家同志の感覚ではなく、言葉を武器とする者によって知覚され、彼に言語として内蔵される。この作品のトキコ側からの視点は、これまでの彼の性的比喩の方法論からは描け得ぬものであり、こうした経験をふまえたからこそ視覚的表現の部分ばかりではなく、トキコが言い放つような<言葉>を持ったといえるだろう。
 トキコの言語感覚は、極めて多彩で、例えば、「無」を接頭語とする単語の羅列は井上ひさし流の言葉遊びになっているし、彼女の「私」に対する人物批評は、作者と同身大で、韜晦の色が濃い。また、俗物的に考えれば、トキコに富岡多恵子を重ねることも可能であろうが、作者に自己客観化を迫られた機能として彼女の存在があると考えるべきではないだろうか。 
 トキコの長舌は、単に夫が外国で女を作ったことに対する誹謗に終っていない。下着という証拠物件を握っていながら、それを振りかざさずに、表面的には繰り言のように見せ、徐々に、「私」に過去に振り返らせるように仕向けている。「これ以上言葉の海にもぐり込んではいけないのだ。こちらが切りつけたところで、すぐ切り返されるにきまっているし、私の刃もよく研ぎすまされているわけではない」との自戒は、彼自身、彼女の論理の正統性を認めていることとなる。特に、彼女は以下に引用するような自分の弱みをさらけ出した上であるから猶更である。

 

 神様ぼくをたすけてくださいって言ったわね。わたしは神によわいの。わたしにはあなたが処刑場につれていかれるキリストに見えたんだ。この男が、このあわれな男がわたしを助けてくれると信じたのよ。(中略)わたしも救済されたかったけれど、あなたも救済されなければならなかった。わたしは職業をもっていたから、あなたのように、みじめな恰好だけはしていなかったわ。だけどわたしの魂だって、ぼろぼろになっていたのよ。つまり、ぼろぼろどうしの魂が、あの時いっしょに叫んだのよ。

 

 二人の関係の端緒には、こうした生の救済という根源的な触れ合いがあったのであり、彼女自身も魂の救済を希求していたことことを正直に告白されればされる程、反論できぬ種類のものとなる。この時点では「私」は明確な反応を示さず聞き流しているが、末尾の混乱の予兆は既に用意されていたといってよい。とすると、この小説は単に日本と西洋、日常性とメタフィジックなものとの対比ばかりでなく魂の救済という生の根源を共有したものとエロスとの対比であるとも言えはしないか。その意味で、この小説の根底にあるものは、鷺只雄が指摘しているように、表面的には前衛的に見えるが「極めてオーソドックスな小説」(註14)とも考えられるのである。

 

三 結末の削除と映画との関係 

 

 この作品は、第三回「野性時代」新人賞を受賞し、作品が再掲載される際、選考委員の言を入れ、末尾十三行を削除している。その部分は、次の通りである。

 

 あなたがオンナと一緒にいることは、その時(稿者註−女の下着という証拠を見つけた時)知ったわけではないのよ。もっと前から知っていた。トキコはとびきりやさしい声で言っている。そこにグロリアがいるでしょう? 彼女には半年ほど前に東京で会ったわ。きれいな金髪をしていて、なかなかのグラマーな女の子よ。わたしたちはすぐに友達になった。それからとても深い関係になったの。アニタのこともグロリアから聞いたわ。その時はある日本人とローマにいるって言っていたけど。でもその日本人があなただなんて夢にも知らなかった。グロリアがサンフランシスコへ帰る時、わたしは珊瑚のカンザシをあげた。彼女がとっても欲しがるし、わたしも私達の深い思い出のためにと思ったの。だからわたしはグロリアに言った。カンザシは日本の女の願いと魂だって。必要な時にはそれで人を殺すことも出来るって。

 

選考委貝全員がこれを「ヘタなオチ」(吉行淳之介)と見、「あやしげな雰囲気のままで終らせた方が効果的」(尾崎秀樹)、「作者の企図したドンデンのドラマ、またはアンチ.クライマックスにはならない」(開高健)と否定した。この結末では、トキコとグロリアがレズビアンであることが明され、殺人が暗示される。眼前のエロチックな光景も長電話も、仕組まれた予定の行動ということとなり、トキコの感情の起伏も芝居になってしまう。委員はこれを「ベニヤ板を貼りつけたみたいな効果」に終わりミステリー風コントに堕したと感じた訳である。削除によって伏線のいくつかが放置されたまま(カンザシの意味等)となり、「未解決のままで残される」部分もでてきたが、かえって効果的と判断したのであった。委員のこの作品の評価は、開高の次の言葉に代表されよう。「万華鏡には意味もモラルも定形もないがその場その場の一片、一瞬の美しさには恍惚とさせられる。そういう文学」。(註15)削除しても、部分の美、幻想、比喩の美という作品の生命に支障はなく、芸術性はより純粋なものになると考えたのである。
 この点について、作者自身はどう考えていたのか。執筆当時、何故この結末が必要と考えたのか。はたして「小説についての間違った思い込み」(吉行)からと簡単に裁断してよいものであろうか。
 この疑問に示唆をあたえてくれるのは、池田自身が脚本監督をした映画『エーゲ海に捧ぐ』である。これとの対照によって原作の真意が掴めると思われる。映画脚本完成までの経緯は「シナリオが出来上るまで」(註16)に詳しいが、これに拠ると、原作の視覚性を認めながらも「小説としての視覚性であり、映画の視覚性とは根本的に異なった性質のもの」であること、妻トキコの生々しい声をどう映像化するかなどの問題があったという。
 結局、『テーブルの下の婚礼』と組合せたために、設定は大きく異なるものとなった。東京とサンフランシスコをローマとギリシアに置きかえ、主人公をニコスという画学生に、トキコはエルダという婚期の遅れているローマの女性となった。原作の構図は、映画後半に現われる一場面に後退し、長電話の内容も、魂の救済、日本という根に対する問いかけという意味はなくなり、画商の娘に走った主人公に対する嫌がらせの域を出ないものとなった。また、映画からは一切の<日本>が捨て去られ、西洋対日本という原作の図式はなくなった。
 また、本来、女陰の隠喩にすぎない「エーゲ海」が、実際の舞台となって、まばゆい光を放つこととなった点も大きく違っている。<日本>の消失も、エーゲ海の映像化に伴っての切り捨てであろう。確かに二つの作品の混合によって、池田が懸念していた、原作の構図だけでは長時間観客を引きつけ得ないのではないかという問題は、少しく回避された部分もあるが、「万華鏡の文学」であった原作を、時間軸で進行する映画にのせたために、原作の短編では重要ではなかったストーリィー性の稀薄が、映画では目立ってしまった点は否めないであろう。また、直接、エーゲ海を舞台にした点については、作者がイメージす風景を、充分理解できる反面、文字が喚起するような各人の受け止め方、即ち、受け手の想像力を喚起するものではなくなってしまっている。作者自身、文学と映像の視覚性の差を承知していながら、イメージの説明に終った憾みが残る。人物造型も曖昧で、人物も風景の一部にすぎない。正直、映画として観ると退屈の感は否めないが、彼の芸術のスタイルを忠実に再現しているとはいえるだろう。
 映画の結末は、エルダの妹で知能が遅れているリーザが、エーゲ海の見える場所で、ピストルを爆発させ、主人公ニコスを殺すことになっている。主人公を殺すかどうか。作者はシナリオ初期の段階から解決できず、夢の中で殺されるという仮の設定のまま撮影に入ったという。この迷いは、やはり、結末の削除に原因があろう。小説の専門家でもなく、しかも初のシナリオ、監督作品であるというこの時、削られた方が評価を受けたということは作者の悩みであったと思われる。が、結局彼は主人公を殺すことでこの問題に結着をつけた。もちろん、映画では登場人物が違い、三人の女性による仕組まれた殺人ではなく、表面上、事故による死亡という違いはあるが……。しかし、長電話をしている、つまり、愛を失ないかけている方の女性が、直接殺すのではなく、代理の者に、(原作ではトキコの意を体したグロリアに、映画ではニコスの見はり役のリーザに)殺させるという点では共通している。そして、主人公を殺す相手が「エーゲ海」と比喩した女性、映画ではエーゲ海その場所で死ぬのも符合している。
 作者は、何故、「エーゲ海」と関連させて主人公を殺さねばならなかったのか。彼のエーゲ海についてのイメージは、次のような発言から窺われる。

 

エーゲ海からの連想というと、ギリシア神話のオデッセイなんかありますね。漂流冒険、そして故郷への回帰というのは、神話や英雄のひとつのパターンなんですよね。(註17)

 

単に原色の光を放つ視覚的なイメージからの認識ばかりでなく、おそらく敬愛する西脇順三郎などから啓発された西洋の詩的イメージが介在しているのである。彼自身、詩についての言及も多く、表現主義、シュールレアリスム、フロイト等の影響の下、無意識の領域の表現化に美術との同意性を見、自分を「小説と詩と美術とに関連をもった一つのパイプ」(註18)と見ている。即ち、詩的イメージを付加することで、この小説は、彼にとっての「詩」ともなる。彼にとって「エーゲ海」とは、女陰にあたえた比喩でもあるが、それ以上に「故郷への回帰」をする<詩句>でもあるのだ。彼の自解によると、

 

映画では主人公がエーゲ海に帰ったところで殺されることにしてしまったというのは、ここで永遠に女性なるものとしてエーゲ海にかえったということを表現しょうとした。(註19)

 

という意図によるものという。これを小説の方に敷桁して言えば、二極の間を彷徨した主人公が、グロリアに殺されることではじめてその構図を裁ち切って、「永遠に女性なるもの」に回帰する形になる。『エーゲ海に棒ぐ』という標題の意味もそこに存している訳で、削除によって、標題はその表徴の重要な面を失なっているとも言える。
 作者にとって、主人公はエーゲ海=グロリアに殺されなければならなかった。しかし、削除によって永遠の女性への回帰というモチーフは消失し、反面、視覚イメージとしての意味が明確化した。即ち、この作品はより絵画的となったのである。
 ただ、小説のはっきりした結末があることで、池田が考えるような表徴性が読者に確かに伝わるかと言えば疑わしい。選考委員の評にもそうした言及はないし、少なくとも池田と共通した西洋詩の体験がない者にとっては汲み取りにくいモチーフである。視空間と聴空間、西洋と日本、エロスと生の根源といった対蹠的立場にあるグロリアとトキコを無理に結びつける必然性がないにも拘らず、この表徴を表現したいがために、設定上、一番殺意がはっきりしているトキコの意を体する形でグロリアに殺させるというまわりくどい操作をすれば、逆に回帰のモチーフが曖昧になるだけである。この点を浮き彫りにするのなら、前もって読者に理解できるような伏線を張っておいてしかるべきであるし、結末をオチの如く急がずに、別の方面から描くことも充分可能だったはずである。こと小説に関して言えば、削除によって作者の企図したモチーフは減ずることとなるが、その分、開高のいう「万華鏡の文学」、「一瞬の美しさ」の文学という性格はより明確となったと言えるだろう。
 このモチーフに作者が固執する理由は定かではないが、うがった見方をすれば自己を投影した主人公を回帰させる事でカタルシスを得ようとする無意識の願望が根底にあるのではないかという推論を述べるに止めたい。

 

四 まとめ

 

 以上のように、彼の小説は基本的に彼の専門である美術で養ってきた芸術理論を文学に採用したものである。彼の根源的な主題は「エロティシズムを普遍的なものにしたい」という動機から出発している。「エロティシズムは何より想像力」であり、想像力を飛翔させるために、次のような制作過程を経て作品に昇華されていく。

 

 集中する瞬間、即ち興奮状態になることが絶対条件です。興奮状態で考えた後で冷静になり、多少の雑音を気にも止めず制作にあたることなのです。この一種冷めた状態こそが、自分に最高の状態を与えてくれるのです。(註20)

 

この営為自体は極めてエロチックであるが、こうした普遍化、客観化の上に立ったエロチシズムは必然的に乾いたものになる。「私にとってポルノ小説とは観念小説でなければならないと信ずるところがあるので、少しもエロチックでないといわれてむしろ喜んだ」(註21)とは、この意味である。ヘンリ一ミラーの感性は彼によってようやく日本に移植定着されたといってよいだろう。そして、その具体的な表現法が、池田に言わせれば「絵画におけるコラージュを文字でやってみる方法論」「私流のシュールレアリスム」であったということになる。
 彼の小説観を端的に表わした言葉がある。それは「私にとって小説とはあくまで様式(スタイル)と構成の問題なのだ」というものである。美術家が自己のスタイルを確立させるためにあくなき努力を払うのと同様、彼は小説という枠の中でも自己のスタイルを表現したかった。全ての関心は、その新しい性表現にあると断言した時、その成否は兎も角、自己の様式は決定したのである。彼の文学の新鮮さはここにある。
 しかし、この明解な小説観が、またその限界を示していることも容易に看取できる。文学を様式と構成の問題のみに還元させてしまった場合、小説のその他の要素は無視されてしまう。人物造型、スリリングなストーリィー展開等、稿者が映画において指摘した欠点がそれである。従来、重視されてきたこれらの要素が軽視されている以上、昭和五十年代初頭の作品に重みがなくなっているという本稿冒頭に引用した指摘は、むしろ当然であろう。彼の場合、年齢的には他の新世代文学者より古い世代に属している(昭和九年生れ)が、それは、冒頭で述べたように、他の者が、生活の変化がもたらした無意識のアイデンティティーなのに対し、池田は、版画家として様式の確立の問題として意識的に獲得されたものだという違いからきている。前田愛が前掲論文の中で最大公約数的意見として引用している「新日本文学」の評「空虚な痴態だけが延々と続く」、「構図は新しいようだが、内容はとりとめがなく、まとまりのない作」という意見は、正に主題尊重主義、倫理追求といった旧弊の考えを代表したものといえる。彼は「文壇という<花園>に闖入した異端者」なのではなく、新世代の文学に先鞭をつけたのであり、年齢的には多少ズレてはいるが新世代人なのである。
 その後の文学状況を概観する時、この時期はタ一ニングポイントであったといえる。無論、以後の文学が全てこうした意味を持っていると言う訳ではないが、少なくとも、ここに文学の変容は明らかである。

 

 註
(1)「多量情報時代の視覚メディア」(「展望」昭53・7)
(2)「新世代の実作と批評の間」(「国文学解釈と鑑賞」昭53・8)
(3)「紙のうえの都市」(「都市空間のなかの文学」筑摩書房)本稿はこの論文に多くの示唆を受けている。ここに感謝申し上げる。
(4)「『エーゲ海に捧ぐ』芥川賞の波紋」(「国文学解釈と鑑賞」昭53・8)
(5)「戦後史の空間」(新潮選書)
(6)ソニーのパンフレットに拠ると、「ヘッドホンをつけて町を歩く常識はずれのスタイルを社会現象にした」とある。定着をみるのは一九八一年発売の二代目、カセットケースを意識したサイズになってからである。
(7)注(3)に同じ。
(8)「池田満寿夫の二十五年」(「池田満寿夫の二十五年の歩み展」(昭和56年9月22日〜10月6日)図録)
(9)「僕はなぜ性を描くか」
(10)「二兎を追って二兎得たい」
(11)「画家が小説を書くとき」(「複眼の思考」)
(12)インタビュー「私が愛を捧げた映画と女たち」(「週刊明星」昭54・5・6)
(13)「T・Tとの八年間」
(14)「池田満寿夫『エーゲ海に捧ぐ』」(「国文学 解釈と教材の研究」昭55・6)
(15)選評の引用に就つては、「選考経過および選評」(「野性時代」昭52・1)より。(「近来の収穫」(吉行淳之介)「万華鏡の文学」(開高健)「探しもとめていた作品」(尾崎秀樹))
(l6) 「後記」(「シナリオ エーゲ海に捧ぐ」角川文庫 昭54・3・3O)
(17)注(12)に同じ。
(18)「三つの現実」(「複眼の思考」)
(l9)注(12)に同じ。
(20)『エーゲ海に捧ぐ』とエロチシズム」(「池田満寿夫グラフティ」潮出版 昭52・11)
(21)注(11)に同じ。
(22)「文芸時評・わが実感」(「新日本文学」昭52・10)

 

付 記
 本稿は、昭和六十三年度石川県教職員研究奨励(一般研究)に提出した研究報告書を基に改稿、石川県立鶴来高等学校「紀要」第一号(平成元年三月)に掲載したものと同一論文である。執筆にあたり、麻植哲司氏、小川伸一氏の収集した資料を参看した。ここに感謝申し上げる。 
         (「イミタチオ」第11号 平成元年6月)

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