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徳田秋聲記念館
(概要)観光スポット「東の郭」からほど遠からぬ浅野川梅の橋右岸にある。郷土の作家、徳田秋聲を顕彰するとともに、関係資料を収集・保存・展示し、彼の生涯と業績を紹介する個人作家記念館。

 住所 石川県金沢市東山1丁目19番地1号
 TEL  (076)251-4300 
 FAX   (076)251-4301
 

 

(寸感)徳田秋聲記念館訪問記
 徳田秋聲記念館(金沢市東山一ー一九ー一)は、浅野川梅の橋たもと、料亭焼失の跡地に、昨年春、新しく開館した市の施設。
 招待券を入手したので、それを縁に、先日、バスで赴く。市街地の施設にありがちだが、駐車場がないのが不便である。

 徳田秋聲は、同郷の泉鏡花の縁で紅葉門下となるが、鏡花と較べて師の影響は少なく、後、独歩ほかの初期自然主義の影響を受けて、自然主義作家として大成する。当時は文壇の重鎮扱いされ、重きをなしたが、作風が地味で、現在、読者はそう多くはない。市が、犀星・鏡花と同様、独立して一館を造ると聞いた時、その集客力に一抹の不安がよぎった。
 実際、行った日は、春の祭日だったにもかかわらず、ほとんど誰もいなかった。近くの東の郭界隈があれだけ観光客を集めているので、その一部でも、どう誘導するかが大きな課題となるだろう。
 一階は、自伝的小説『光を追うて』(新潮社 昭一四)を紹介する形で、作家の生涯を紹介している。奥に、人形と映像による作品の女主人公の紹介、現存する本郷の住居の書斎の再現。二階は、原稿や書籍の展示するオーソドックスなコーナー。
 おそらく、入館者のほとんどが作品を読んだことがない人のはずである。まず、作品より、その人の人生を紹介するこの方法は正しいように思う。(ただ、身内の死、三十歳年下の後妻との短い結婚以外、波瀾万丈でもなく、そうした意味で、下世話な興味を惹きつけるということはあまりなさそうだ。)
 自動人形を使っての作品紹介が一番ビジュアルな展示で、よくできていた。それでレクチャーを受け後、二階の展示室を見て回ったが、どこかに個々の代表作を紹介する展示コーナーがあってもよかったような気がした。おそらく、それは企画展のテーマとして、小出しにしていく心算なのだろう。そうしないと、こうした一人の作家にスポットをあてた館の企画は、早晩、行き詰まる。しかし、県外客が何度も足を運ぶといった施設でもないので、簡単でよいからそうした紹介スペースがあればよかった。この点、ご考慮願いたい。
 ナレーションの中に、「蛇のようにうねっている川面の光」というような秋聲の表現を引用していた。一聴、巧い比喩だと感心した。しっかり彼の文章読むと、そうした発見が沢山あるのではないか。地元民として、よい読者でないことを恥じるばかりである。
 この記念館、二階から見える浅野川梅の橋の景観が素晴らしい。それを眺めるだけでも来館の価値はある。(2006.4.5「ものぐさ日記」より転載)

(追記 ないということだったが、現地に行くと2台の駐車スペースが確保されていた。後になって、その旨、記念館のWEBサイトにも朱書きで案内された。)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わが師・紅葉先生ー徳田秋聲の修業時代」を観る
 五か月ぶりに再訪し、上記、徳田秋聲記念館開館一周年記念特別展を観た。常設部分は省略し、十数畳ほどの二階特別展示室のみの見学である。紅葉の弟子になったが、年齢がさほど開いておらず、弟子として玄関番をしなくてよいなど別格扱いであったことや、作風は師と違っていたが、終生、敬愛の念が強く、業績を鴎外漱石より上に見ていたなど、弟子としての秋聲にスポットを当てている。紅葉関連の本が並び、さながらミニ尾崎紅葉展といった雰囲気である。
 展示品で一番面白かったのは、未完に終わった「金色夜叉」の続きを、弟子など多くの人が書いていて、それらが展示してあったこと。これは知らなかった。それだけ、当時を代表する話題作だったという証しである。

 展示室一室だけの企画だが、コンパクトにまとまった見応えのある特別展だった。 
 前回との違いは、秋聲全集が今年七月完結していたこと。八木書店刊。価格を見て驚いた。全四十三巻、二段組み。一冊、一万近く、全部で四十万円を軽く超える。これまで不備なものしかなく、この世知辛い平成の世に、完結自体が大変な快挙だが、
買える人が限られるのが残念。
  今回も、日曜の日中、近くの東の郭の駐車場待ちの車が列をなしていたもかかわらず、見学者は我々夫婦のみであった。大丈夫だろうか。心配である。
今後の館の円滑な運営のためにも、例えば、せっかくの全集をつかっての、主要作品輪読会のようなものを開き、まず地元の方の常時の出入りを盛んにするところから始めては如何だろう。妄言多謝。(2006.8.27)

 

「仮装人物」の世界展を観る

 浅野川の洪水のため一部閉鎖していた徳田秋声記念館が十二日より通常営業に戻ったという地元新聞を読み、特別展「『仮想人物』の世界」を観に出かけた。お盆休みの最中で、午前中に行った金沢二十一世紀美術館は芋の子洗い状態だったが、勿論、こちらは貸し切り状態。ぱっと見、被害の名残りは何もなかった。
 妻死亡後、すぐに懇ろとなった女弟子、山田順子との関係を、事件が起こって十年近くたった後、作品化した長篇小説「仮想人物」にスポットをあてた展示である。
 実在の山田は自由奔放な生き方をした人で、当時の道徳では批判も多かっただろうと思われる。解説にも、マスコミを意識した動き方をした人というような記述があった。
 今の時点からみると、自らも文筆家としての大成を願い、自立した生き方を模索した人で、解説氏がいうように、「芸術だけを支えとして」生き抜こうとした「新しい女」の「一つのサンプル」として、再評価が必要なのかもしれない。
 それにしても、夢二や勝本清一郎など有名人も混ざる男性遍歴をみるにつけ、当時の保守的モラルの中で、当時の文壇画壇のみ例外的に、芸術家はそんなものだという男側の「自由恋愛」容認の雰囲気があったのだろうなという感じがした。フェミニズム的発想をするとまったくもって男が悪いといわれそうである。
 マッチポンプ的な動きをしがちな自然主義作家、作品化までの歳月のかけ方に老獪さを感じる。大事なネタである。大切に育てていったのだろう。
 作品は未読。肝心の作品のコメントはできないのが情けない。断片を見る限り、例によって女性の描写や会話に実在感があり、優れているようだ。
  最後に、二階より浅野川を眺む。
 洪水から一週間程たって、大橋を通った時は、いつもの水位だったが、水は茶けて汚れていた。激流で地肌を削ったところからまだ土が流れ出ているのだろう。河川敷の緑も心なしか冴えなかった。
 この日、流れを見ると、澄んだとまではいかないが、かなり透明感を増してきているようだ。木造の梅の橋も、修繕・漂白でもされたのだろう、白くなって新木ぽくなっている。界隈は、少しずつ旧に復している気配で、一安心であった。


  洪水の土落ち着いて秋流る      
  橋渡る秋声の恋読み終えて       俊建

 

勿論、読み終えてはいない。そこはそれ、イメージの世界ということでお許し願いたい。橋も渡ってないし……。(2008.8.20)

※この「極私的金沢文学巡り」のシリーズは、多くの人に金沢の文学施設を知ってもらいたいと思って作ったものです。ここに書かれた文章は、まったく個人的な感想であり、公のものではありません。

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