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 近現代文学

 この頁は、耽美派・ベストセラー論以外の、近現代文学についての論文、エッセイ、教育実践例などを掲載しています。
遅々として作業が進まず、過去に書いた論文のアップが遅れていますが、徐々に充実させていくつもりです。申し訳ありません。 

  (授業実践)太宰治『富嶽百景』を三時限で終わらせる授業方法

(授業実践)

太宰治『富嶽百景』を三時限で終わらせる授業方法

 

○はじめに
 長々やっても今の高校生には飽きられるだけのこの作品。以下の方法で短縮化して、三時間でやっつけてしまったので、その方法を以下にまとめた。ご参考までに。

 

○構成について
  テキストは、以下の四カ所を省略し五段構成になっているものを使用した。

 

 第一段 冒頭〜高くなければならない。
   (「十国峠から見た〜二度と繰り返したくない」を省略)

 第二段 昭和十三年〜へたばるほど対談した。
   (「いちど、大笑い〜機嫌が直った」を省略)

 第三段 「お客さん!起きて見よ!〜思い惑うのである。
   (「朝に、夕に〜大股に歩いてみた。」を省略)

 第四段 そのころ、私の結婚も〜美しいと思った。
   (「十月末になると〜感奮していた。」を省略)

 第五段 十一月になると〜ラスト
 
○展開1(一時間目)
1、まず読む。空行があることから、五段構成であることを確認する。

 

2、次に、以下の「漢字・注意する語句」プリント配布し、家でやってくるように言う。次時間に漢字小テストを実施すると予告する。

 

(プリント例)
問一 次の傍線部の片仮名を漢字に直せ。
山のイタダキ          角度はドンカク        鳥のワシ
着物のスソ      ケイベツする        ロウバイする
ハうように      ツタの絡まる建物      タビをはく 
ツブヤく       ダンガイ絶壁        ぷうっとホウヒする 
ロウヤと老婆     ムゾウサ          アイサツ
チョウカン写真    スイレン          顔のホオ
フモト        ユウモン          イチベツする
コウショウな趣味   ロボウの石           マユをひそめる
アイマイ       モダえる            計画はトンザした
ゲンシュクに受け止める  ボウセンとした     グモン
肩がコる       手のコブシ          マキをくべる
サンゾクに襲われる  

 

問二 次の語句の意味を説明せよ。
・甲州……「甲斐の国」の漢語的表現 (例)上野国…上州 
・仙遊……俗世を逃れて、美しい自然の中で遊ぶこと。
・鎌倉往還の衝(しょう)……(                   )
・おあつらえ向き……(                       )
・長押(     )……(                     )
・お背戸(    )……(                     )
・対峙する(     )……(                   )
・悉皆(      )……(                    )
・蕭条たる(       )……(                 )
・外套(      )……(                    )

 

3、作者について「国語便覧」を使用して説明。この小説の場合、先に作者紹介しておいたほうが彼の人生と繋げて話ができるので得策である。授業は、便宜上、作者=主人公で進行する。

(板書例)
第一期 人生の懐疑
    明42 津軽(青森)生まれ。 
    大地主の六男(父は衆議院議員もしていた土地の名士)
       搾取階層であることの負い目ー社会主義思想への接近 自殺未遂@
        芸妓小山初代との交際 除籍が条件 
        別のカフェの女給と自殺未遂A
    女だけが死亡(起訴猶予)罪の意識
        「晩年」遺書のつもりの作品集
    新聞社入社できず自殺未遂B
    薬中で初代と心中未遂C  離別
    
第二期  健全な人間性 
        「富岳百景」天下茶屋に滞在 人生の転換
    甲府の女性と結婚
         人間性を信頼する明るい作風へ

 

第三期 戦後の荒廃
     民主主義になびく風潮ー人間不信
        新戯作派(無頼派)織田作之助・坂口安吾など
    昭23 心中死D
(代表作は、最後にまとめて「便覧」にラインを引く形で実施した。)

 

4、以下の「作業プリント」を配布し、作業の仕方の説明する。再度読み直しながら、プリントは前半後半にわかれているが、前半、富士山についてのコメント抜き出し作業と、後半、人物像の押さえを、出てきたところで平行作業するべきで、決して、別々に流れ作業のようにしない旨、注意を与える(作業途中で次時限)。

 

(作業プリント例)
「富岳百景」内容分析プリント(実際のプリントは、括弧ではなく記入のための大きな空欄がある。)
○主人公(作者)が最初に置かれていた状況を記せ。
 (                                  )
○富士山に対する印象はどんどん変化している。その時その時の主人公の富士に対する気持ちが書かれているところや、富士山に対するコメントを以下に抜き出しなさい。
1 三坂峠の茶屋ではじめて富士と向かい合った時
 (                                  )
2 老婆が写真を出してきて説明してくれた時
 (                                  )
3 お見合いの家で大噴火火口の鳥瞰図をみた時
 (                                  )

4 御坂の二階で仕事を始める
 (                                  )

5 山頂に雪がふった
 (                                  )

6 老婆が富士には目もくれず、月見草を指さした時
 (                                  )

7 月の夜、水の精のように立っている時
 (                                  )

8 富士と妥協しかけた時
 (                                  )

9 娘二人を入れず、富士山だけの写真を撮った時
 (                                  )

10 甲府から見た富士の印象
 (                                  )

 ○主人公以外の登場人物について、どんな性格の人か。それが判る記述を抜き出しなさい。その上で、どんな性格の人かまとめなさい。
・井伏鱒二氏
 (                                  )

・三ツ峠の茶屋の老婆
 (                                  )

・御坂峠の茶屋の娘
 (                                  )

・見合いの相手の娘さん
 (                                  )

○人物たちの共通点はなにか。
 (                                  )

○この小説の主題はなにか。
 (                                  )
                                                          (プリント以上)

 

○展開2(2時限目)
1、漢字小テストの実施。

 

2、作業プリントを完成させる(作業の続き)。

 

3、内容分析授業の実施。五段構成別に授業を進行させる。各々の箇所における富士山に対する感慨の記述を指摘させ、なぜ、そう思うのか理由を質問していく。また、登場人物の性格がわかる記述を指摘し、どんな人物か自分の言葉で答えさせる。

 

第一段
○主人公(作者)が最初に置かれていた状況
・前時の太宰第一期の状況を手短にまとめること。(ここでは省略)
・山に上がったときの心境を述べた冒頭部分の記述を抜き出せ。
「思いを新たにする覚悟」

 

第二段
1 三坂峠の茶屋ではじめて富士と向かい合った時
「好かなかった」「軽蔑さえした」「恥ずかしくてならなかった」
(なぜそう思ったのか)
・あまりにおあつらえ向きの富士山の景色で、まるで風呂屋のペンキ絵や芝居の書き割りのように感じられ、素晴らしいとは、到底、感じられなかったから。

 

(人物像)井伏鱒二氏
「人のなりふりを決して軽蔑しない人」「身なりなんか気にしない方がいいと小声で呟いて私をいたわってくれた」「放屁なされた」
・おおらかで器の大きな人物。・思いやりがある人物
「つまらなさそうであった」
・せっかく登ったのだから見えてほしかったと考える普通の人と変わらない富士山好きの人物。

 

2 老婆が写真を出してきて説明してくれた時
「いい富士を見た」「残念に思わなかった」
(なぜそう思ったのか)
・老婆が懸命に説明してくれるその気持ちに打たれ、その気持ちをもらっただけで充分だと思ったから。

 

(人物像)三ツ峠の茶屋の老婆
「気の毒がり」「賢明に注釈」
・素朴で善意に溢れた人。
・富士山を誇りにしている人。

 

3 お見合いの家で大噴火火口の鳥瞰図をみた時
「真っ白い睡蓮の花に似ていた」
(なぜそう思ったのか)
・「娘さん=睡蓮=富士」心の中で、この三つがつながり、この娘さんに清純で潔白なイメージを持ったから。
「あの富士はありがたかった」
(なぜそう思ったのか)
・この写真の富士のお陰で、娘さんとの結婚の決意のきっかけになったから。

 

4 御坂の二階で仕事を始める
「へたばるほど対談した」
(普通の表現で言い直せ)
・何度も長く富士を眺め続けた。
(なにをしていたのか)
・富士を見つめながら、自分の人生の今後や芸術について考えていた。


○展開3(三時限目)
1、内容分析授業の続き

 

第三段
5 山頂に雪がふった
「はっと思った」「ばかにできないぞと思った」
(なぜそう思ったのか)
・山頂に雪をかぶるという典型的富士山の美観を実際初めて見て、全面否定の態度を改めなければならないことに気づいた。( 私自身の心の変化の反映)

 

(人物像)御坂峠の茶屋の娘
「興奮して頬を真っ赤にして」「得意そうに」「これでもだめ?」「内心しょげていたのかもしれない」「(素直に)うなずいた」
「人間の生き抜く努力に対しての、純粋の声援である。何の報酬も考えていない。私は、娘さんを美しいと思った。」(第四段ラスト)
・人間を信じている、明るくて素直で開けっぴろげな性格。
・富士山を誇りに思っている。

 

6 バスの老婆が富士には目もくれず、月見草を指さした時
「富士には月見草がよく似合う」
(なぜそう思ったか)
・すっくと立っている姿が雄大な富士の姿と調和していたから。
・自分もそうした力強さを求めていたから。
・芸術家として、自分なりの視点が出てくる。

 

7 月の夜、水の精のように立っている時
「ああ、富士が見える。〜とそれだけが、微かに生きている喜び」
<対比>
「苦しいのである。仕事が。〜ぐずぐず思い悩み、誇張ではなしに、身悶えしていた」
(どういう気持ちか説明せよ)  
・嫌いだった富士に対して、今では喜びを感ずるようになっていったが、文学に関しては、自分なりの芸術観を掴まえることができず、煩悶するという相反した精神状態であったということ。

 

8 富士と妥協しかけた時
「「単一表現」の美しさなのかもしれない」「やはりどこか間違っている」
(徐々に富士に対して高評価であったが、ここでは否定的である。なぜか)
・単に全否定していた最初に戻ったのではなく、芸術的に見るという芸術家としての視点の回復の過程として、認めがたいところもあると感じているのであり、芸術的思考が高まっている。

 

第四段
(人物像)見合いの相手の娘さん
「娘さんは落ち着いて、「それで、おうちでは反対なのでございましょうか」」
・立派な母親に育てられたしっかりした女性。
「いいえ、もうたくさん」「おかしな娘さんだと思った」
・決めたことに対してはこだわらないさっぱりした性格。ちょっとピンぼけのところもある人。
・甲府の人らしく富士山を気にしている。

 

第五段
9 娘二人を入れず、富士山だけの写真を撮った時
「お世話になりました」
(なぜそう思ったか)
・富士山によって自分が再生したので、感謝しているから。

 

10 甲府から見た富士の印象
「酸漿に似ていた」
(なぜそう思ったか)
・朝焼けの赤い富士を見て、赤い丸い実を連想し、新しい生活への希望の象徴のように感じたから。(希望の投影)

 

2、小説のまとめをする。
○人物たちの共通点
一 人間的に純朴でいい人達ばかりである。
二 富士山が好きな人たちばかりである。

 

○この小説の主題
一 主人公「私」の、「人(生活人、社会人)」としての再生
    (善良な人に囲まれて、人間への信頼を回復)
二 主人公「私」の、 「芸術家(文学者)」としての再生
    (富士山によって、芸術を見つめる視点を回復)

 

 こうした主題をはっきりするために、実に巧妙におのおののエピソードを配置してクレッシェンドしていることを理解させ、この作品が、事実の報告・エッセイではなく、うまくこしらえた「小説(フィクション)」であることを理解させる。その結果、「主人公=作者」というのも、そう思わせるという作者のしかけであることも理解させる。

 

3、小説読解のテクニックの話をして、現代文問題読解の意欲づけをする。
 生徒によっては、抜き出し中心のこの授業をそんなに難しくないと思うかも知れない。そこで、意欲づけの意味を込めて、なぜ、こうした作業をやらせたのかの話をすることで、問題読解には技術がいることの認識を深めさせる。
 「人物の性格・心情を押さえることは基本。ここではプリント後半でしているね。でも、それだけではダメだ。この小説は、タイトルに「富嶽」とある。富士のコメントが頻出していることから、それを押さえることが、この小説の場合、重要だということを、まず最初に気づくべき。今回は教員側が最初にそうした枠組みを事前に与えて作業をしたが、そうしたことを考えることが、実は一番大事だ。」といった内容の話をして、この授業のまとめとした。

 

○最後に
 この文章は、教材研究の際に、ワープロに打ち込んだものを生かして出来上がったものである。それ故、緻密なものではないことはご覧の通り。(解答の表現などに吟味不足の感があるが、生徒の答えを反映した部分もあるので、その点、了解願いたい。)
 授業用の参考・プリントづくりなどで、部分的にコピー使用していただいても構いません。
 なお、実際の授業は2007年1月に実施した。
                    (2007.2.1 未発表稿)

    [1] 
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