(書評)阿川弘之『七十の手習い』(講談社)一九〇〇円
正しい日本の随筆
本は氾濫しているが、近代文学の伝統を継いだ、いかにも随筆らしい随筆は少なくなった。無理もない。文豪たちは死に絶え、衣鉢を継ぐ作家の動きはジャーナリズム肥大化のなかで逆に見えにくくなっている。 阿川弘之『七十の手習い』(平七・六)は、いまどき珍しい函入り。本を取り出すと布貼りのハードカバーがしっくり手になじむ。行間もゆったりしている。随筆はこういう贅沢な気分から入らなくては……。じっくり読んでいこうという気にさせるではないか。こうした造本を含め、阿川の世代がそろそろ大家扱いされつつあることに感慨も湧く。 内容は「オール読物」など肩肘はらないところに掲載された四十近いエッセイからなる。海軍のこと、乗り物のこと、自作『志賀直哉』のことなど、読者ご存じの、作者の興味おもむくままの題材が、総体として作者の個性をにじませる。本来、随筆とはそういうものではなかったか。彼の師である志賀直哉のさっぱりとした随筆を好むファンは多い。阿川のめざす境地もそこにあるのだろう。 タイトルはもちろん謙遜の辞。大正九年生まれという年齢から、どうしても追悼文が多くなる。なかでも僚友吉行淳之介の思い出の記が、安易な文学論を排した体験的実感的な筆致で語られ、生彩に富む。 ところで、先日、丸谷才一の『青い雨傘』(文芸春秋 平七・三)を読んだ。例によって彼の膨大な読書のなかから、面白くてためになる話を美味しく料理して、読者に知的な醍醐味を与えてくれる。挿絵は例によって和田誠。これもお薦めの本である。 この二冊、同じ随筆というジャンルだが、味わいは大きく異なる。料理も口に合わなければ美味しくない。今宵の読書のお供に、お好みでお選びいただきたい。 (「ビジョン」所収)
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