(書評)阿川弘之「春風落月」 講談社
いつ頃からか、阿川弘之の作品が上梓されるのを楽しみにするようになった。なぜ好きかと言えば、旧仮名遣いの文章の魅力をたっぷり味わえるからである。 私の若い頃、「第三の新人」が大活躍していた。特に遠藤周作・北杜夫が大ブームで、私も硬軟とり混ぜ多くの作品を読んだ。長編『沈黙』『楡家の人々』など、読破力と時間のある学生の時に読んでおいてよかったと今でも思う。この時、彼らの友人ということで、阿川の『米内光政』など一連の提督物を読んだ。ただ読むには読んだが、実地走査を踏まえた手堅い作家という印象を持った程度であった。 しかし、平成に入り、同世代の作家の多くは鬼籍に入り、或いは筆力が落ちるなか、寡作ではあるが着実な仕事ぶりの阿川に、大切な作家との思いが強くなっていった。 中でも平成六年完成した『志賀直哉』は傑作と言うべく、この作品で、彼を再発見したといってよい。その昔、森鴎外の史伝『渋江抽斎』を読んで、文末まで完璧に彫琢されているのに驚いたが、これと似た魅力を感じたのであった。 今回紹介した随想集は、懐かしき友や師の思い出、昔から好きだった汽車の乗車記、はてはアンケートの類まで、雑多な話題を気軽に書き記すなか、全編どこかに文章の藝がある。その辺り、肩肘はらず楽しめばよい。『故園黄葉』『七十の手習い』など同類の随想集、食べ物の思い出話に絞った『食味風々録』(平成十四年読売文学賞受賞)も愉しい。
(「文教いしかわ」第45号2002.7 県文教会館)
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