去年九月発行。地元本でもなく旅行ガイドのシリーズでもなく、中央公論新社というメジャーな出版社の発行(マーブル・ブックス)ということで、地元金沢でも話題になり、東京でも、結構、売れた金沢案内本である。パラパラめくりながら、どんな出版戦略なのか考えてみた。
一、「カフェ、雑貨、和菓子、散歩道……かわいい金沢案内」という副題が示すように、小物や食べ物が中心。それも有名どころではなくて、ちょっとマイナーな、和ものでお洒落なものを多く載せている。和菓子も、定番ではなく、その店が出している別の意欲作のお菓子を載せるというような変化球。かと思うと、どこにでもある鯛焼きまで載っている。確かに、そこのお店、美味しいと評判だが、そんな町内会レベルの超ローカルな話題が全国本に載るとは……。これまでは当たり前だった情報の遠近・強弱の性質を、意図的になくす現代の伝達ありようを巧みに使っていると感じた。
二、ネット上で話題になっている店や品物はしっかり載せてある。地元では知られていない情報でも、ネットで調べて金沢にくる若者たちへの配慮を忘れてはいない。
三、地図は、手書きのものが最後にあるだけ。その店に行きやすいようにという利便性は考えられていない。いないどころか、わざと不便にしてあるという言い方もできる。自分で見つけ出す楽しさ損なわせないようにという配慮からなのであろう。
四 地元民がとっておきを紹介するコーナーがある。個人から個人へ教えますといった紙面づくりで、「こっそり感」をうまく演出してある。
五、かとって、マイナーばかりを狙っている訳でもなく、金沢二十一世紀美術館など、最小限のメジャー観光施設も載っていて、これ以外のガイド本を買わなくてもいいように作ってある。
「観光ガイドじゃ見つからない、とっておきの金沢を集めました」と、表紙に貼られたステッカーに惹句が載っているが、なるほど、女の子が、この本があると「自分だけの素敵な旅」ができるのではないかと思わせるのに成功している。 読んでいて、ファンシー雑貨屋さんで、若い女の子がワクワクしながら品物選びしているあの気分を、そのまま「金沢」という町単位に拡大させて反映させたバージョンだと思えばいいのだろうと思った。 今、東山の茶屋街は、外観はそのままに洒落な和風雑貨屋街もどきになっているし、市内の何の変哲のない地味な商店街に、お洒落な店がぽつんぽつんと出現していて、町並みが微妙に変化してきている。 観光都市としてうまくやっているということは、つまり、若い女の子の嗜好に対応してきているということである。この本の功は、そんな金沢の微妙な変化を、はっきり「乙女」という括りで顕在化させた点にあるのではないだろうか。今までの「いい日旅立ち」的な古都再発見的イメージとは違う、もっとマニアックで乙女チックな領域にも、金沢という町は充分対応できていることを告知する役割。 編集は、岩本歩弓なる三十一歳の女性。先月三日、金沢の魅力を再発見してもらう市の青少年育成事業として、この方が地元の高校生を案内したという記事が新聞に出ていた。変わりつつある金沢の案内人として、なかなか、かなった人選だ。
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