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 近現代文学

 この頁は、耽美派・ベストセラー論以外の、近現代文学についての論文、エッセイ、教育実践例などを掲載しています。
遅々として作業が進まず、過去に書いた論文のアップが遅れていますが、徐々に充実させていくつもりです。申し訳ありません。 

  (教育実践)伊東静雄の詩を生徒と一緒に勉強する

(教育実践)伊東静雄の詩を生徒と一緒に勉強する                     

 

一、はじめに

 

 国立療養所医王病院に筋ジストロフィー症で入院加療中の四方健二君が、石川県立医王養護学校在学中から書きためた詩と文章とを集めて「詩文集・軌跡」として自費出版した。詩は中学部時代にも幾つか作っていたようだが、高等部一年の折、国語の教科書に載っていた伊東静雄の詩「夕映」に感動し、本格的に興味を持ったという。翌年、前任の国語科教諭上田正人氏に替わり、稿者が同校高等部に赴任した。四方君は選択教科で国語を選んだため、本人と相談の上、この際、一年間、伊東静雄を徹底的に研究することにした。
 以下の実践は、昭和五十九年度のもので、かなり旧聞に属することではあるが、今回の詩集出版の端緒となったことでもあり、当時の資料も残っていたので、簡略に纏めておくことも無駄ではないように感じられ、ここに紹介することにした。

 

二、進路、関心を踏まえて

 

 特殊教育諸学校の共通した悩みは、基礎学力の不足した児童・生徒に、何をどう精選して指導していくかという点である。養護・訓練が大きな比重を占め、一般教科が通常の学校の半分程度しかない。この枠組みの中で、教材をどう精選して教えるかに教師はまず悩むこととなる。筋ジス症児に限定すれば、病気の性質上、<生きがい作り>を課題として精選する方向が一つにはある。国語科では、この点に関して、主として表現面に力を入れ、外部の俳句大会への応募などによって作品を残していこうという方針で対処していたが、週二単位しかなく、充分な指導は出来なかった。
 こうした問題点解消の一助に、高等部では、養護・訓練の一環として、卒業後の進路適性を見据えて、選択教科として週二単位、各人が興味ある科目を選んで、より深く学習する時間を設けることにした(この年度は、月曜日午後の二時限)。国語の他には、パソコンを使った理系の科目や、電子楽器を使った音楽も開講された。指導教員の人数の関係で、開設できる科目が限られ、人事異動によって同一講座を継続できないなどの欠点もあったが、自ら選んだ教科でもあり、熱心に取り組む生徒が多かった(現在は廃止された)。

 

三、四方君について

 

 四方健二君は、昭和四十二年十一月十五日、能登半島の先端近く、石川県珠洲郡小木の港町に生まれる。小学校一年まで故郷で生育ったが、病状の進行のため、二年より金沢市郊外の国立療養所医王病院に入院した。これにともない隣接する県立医王養護学校に転校、高等部卒業まで在籍した。リーダーシップがあり、クラスばかりでなく校内の児童・生徒全員から信頼され、生徒会長などもつとめた生徒の中心的な存在であった。理解力も高く、年齢以上に大人びた思考をする。

 

四、取り組みの流れ

 

 初めの時間(四月十六日)に四方君と相談し、進め方や対象を決めた。伊東静雄のことをもっと研究したいということだったので、伊東の作品を年代順に勉強していくことで、併せて伝記的事項も学んでいく方法をとることにした。テキストは入手しやすく、代表的な詩がすべて収録されている「伊東静雄詩集」(弥生書房)とし、マンツーマンの利点を生かして、交互に自分の担当した詩についてレジメを作り発表し、その後、討議をするというやり方にした。次回までに詩集を通読し、気に入った詩をリストアップしておく宿題を課した。二週目(五月七日)にお互いに好きな詩を持ち寄り、一年間に研究する詩を決定したが、稿者は出来るだけ伊東静雄の代表作と言われる作品を中心に選ぶことで片寄りのないよう配慮した。サブテキストとして小川和佑著「伊東静雄」(講談社現代新書)を使用し、伝記的な部分や研究者の解釈をここから知ることにした。教師自身、深く知るところではない詩人なので、まったく生徒と同じスタートラインである。無論、知らないでは済まされないので、市内の書店で参考書を調べたが、ほとんど置いておらず、予約注文となり、一学期当初は参考書なしで苦労した。不足のものは、夏季休業を利用して上京、神田神保町の古書店などで購入した。
  選んだ詩を制作順に並べ、担当作品を決める。必ずしも自分の好きな詩を担当するとは限らないようにした。これは自分の嗜好から洩れた作品も研究することで、新しい視野が開けることを考慮したからである。こちらの発表を見て、基本的なレジメの書き方、発表の仕方などを学んでもらうため、最初の方は教師が多く担当した。レジメには「初出・初版」「語釈・注釈」「通釈」「鑑賞」「主題」「伝記的事項」の六項目を立てた。彼が参考にした本は、前述の新書の中の、各詩に触れた数行の記述のみで、あとは自分なりに辞書などで調べて主題などを考えていったようだ。教師側には二学期からは多数の参考書が手には入ったが、一編一編すべてについて教材研究として詳細に検討したものはなく、作家論の一部に引用されている文章から基本的な認識を知るといったのみで、生徒と似たり寄ったりの状況であった。生徒の方は病棟での訓練などもあり、大部の参考書に眼を通すのは時間的に不可能であった。
 週二時間続きの授業のうち、一時間近くを発表の時間とし、後半を討議の時間とした。発表者による疑問点、問題点の提出や、聞き手の質問をたたき台に、一応の結論を得たものはレジメに記入することで完成させ、未解決の場合は、次週の詩との関連して調べていくことになった。なお、取り扱った詩は以下の通りである。
「わがひとにあたふる哀歌」「曠野の歌」「夕の海」「水中花」「八月の石にすがりて」
「灯台の光をみつつ」「訪問者」「夜の停留所で」「無題」「蛍」
 二学期後半からは、討議の中で出てきた問題点を、自主学習という形で深めることにした。彼は「伊東にとっての故郷」について調べていった。
 この選択教科の授業のまとめとして、三学期の末に、高等部主催の発表会を企画、各選択教科の発表の場を設けた。彼は自主学習で調べていった故郷との係わりについて発表した。限られた時間でもあり、到達点のみの駆け足の発表であったため、聴衆には少々難しかったようであった。しかし、同席した中学部の生徒にとっては、難しいながら高等部での自主的な学習の一端に触れることができ、意欲づけとして有意義であった。

 

五、良かった点、反省すべき点

 

 一年間実施して、良かった点は、
(1)マンツーマン形式なので、きめ細かな指導ができた。
(2)生徒と教師が一つの問題について同列に悩み、意見を闘わす

   ので、生徒の自信につながった。
(3)発表する態度が身についた。
(4)詩の研究という目標を持つことができ、創作への意欲につな 

   がった。 

などであり、また、反省すべき点としては、

(1)同格とはいえ、やはり教師側に情報量が多く、時に教授に傾

   く弊があった。
(2)二人だけの意見交換のため、結果が自己満足に陥る可能性が

   あった。
(3)問題が連鎖的にでてくる場合は問題ないのだが、意見がでな

   い場合、煮詰まった状態になりやすい(これを防ぐため、手 

   の空いている先生の飛び入り参加を歓迎した。特にこの詩人

   について詳しくなくても、別の視点からの意見は貴重で、助

   かったことも多い)。
(4)同一詩人に絞ったので、ある程度読み進むと、主題の繰り返 

   しに気づき、新鮮味に欠ける面が感じられた。
(5)伊東静雄の場合、初期の難解な詩に較べ、戦後の詩は、内容

   が容易で、二時間分の内容がなかった。

などがある。

 

六、その後の取り組み

 

 彼は、次年度も選択国語を選択した。前年度の反省として、日本の詩の歴史や色々な種類の詩を知らないと、本当にその詩を包括的に掴みにくいという実感があり、今度は、明治以降の詩人の代表作を各一作取り上げることで、基礎力を養うことにした。学習の順序としては逆になってしまったかもしれないが、自分の基礎力の不足を痛感した上でのことなので、熱心に取り組んでくれた。
 詩への取り組みの中でちょっとした事件があった。毎年度末に児童・生徒会が中心となって「わかたけ」なる学校文集をだすのだが、彼は「反抗」という詩を発表するつもりで用意していた。その詩には、

 

僕たちの世界に踏み込まないでください
わかりきった顔をして
心の奥まで見透かしたような眼で
僕たちの世界に踏み込まないでください

僕たちの心に踏み込まないでください
その強靭な足で
あなた方の仕草が
あなた方の談笑が
僕たちの心に踏み込まないでください

 

という言辞を含んでいた。詩として完成度が高いとは思えないが、看護を受ける側の人間として、当然、感じるであろう気持ちを詠ったもので、心に潜む偽善に我々一人一人が思い致すべき作品と稿者は感じた。しかし、この詩が、彼をとりまく大人達には衝撃的であったようだ。献身的に看護や指導してきた病院関係者、学校教諭の中には、こんな風に思っていたのかという失望感を与えるのではないか、そうなれば、彼の今後の入院生活に不利になるという理由で、高等部主事や一部教師が差し替えを彼に提案した。作品として発表するものを、彼とイコールだと解釈する、所謂「俗物批評」の最たるものだが、こうした良心的(?)な指導の結果、心優しい彼は、別の作品に差し替えることに同意した。善後策を話し合う高等部教員の会議は重苦しいものであった。周囲の、創作作品に対する見方が、余裕のないものであることを主張すべきであったかもしれないが、既に差し替えに彼が同意した後のことであり、稿者は沈黙するしかなかった。今回の作品集には、この詩も収められ、出版を祝う会の席でも、かなり話題に上った。今読むと問題がないとか、よい詩であるという意見ばかりで、内心、忸怩たる思いであった。

 

七、「詩文集・軌跡」の出版

 

 彼の卒業後のことについては、稿者はまったく適任ではなく、「軌跡」に語られたことを紹介したい。四方君は医王養護学校卒業後、引き続き入院し、病院の自治会、好きな音楽の活動、アマチュア無線などで活躍していたが、病状が徐々に進み、機能低下などでそうした方面の活動が出来なくなっていった。この時の気持ちを、次のように記している。

 体力の低下が目にみえてきた。以前は自分でできていたことや、ある程度保っていた座位姿勢も、長時間保つことが困難になり、何をするにも集中力が続かなくなった。それよりもさらに、僕の自信を喪失させたのは、声が出しにくくなってしまったということである。(中略)どちらかと言えば、人前で話しをすることが得意な方で、だからこそ、自治会活動などの中心となってやってこられたのだったし、さらに、その会話を活かして、アマチュア無線を通じ、外部との交流もはかっていたくらいである。それらは、僕の中で大きな自信というものを形成してきていたのだ。その自信が、言葉を明確に話せなくなったことにより、無惨に崩れてしまった。(中略)その時感じた挫折感には言い表せないものがあった。ただ、それでも幸いしたのはペンを握る力があったことだ。つまり、今も文章を書ける。まだ、夢中になれるものが残っていたということだ。それによって、心が大きく支えられたように思う。

 すなわち、彼にとって詩作は、現状において残された唯一といってもよい自己表現の手段となったようだ。彼は作品をパソコンで入力していった。稿者は転任し、風の便りで彼の同級生の何人かが死去したことを知ったが、そんな折、本務の学校での仕事とは別に、熱心に病棟で四方君の指導をなさっていた教諭岩崎康子氏から、詩文集出版の話をお聞きした。ご両親の愛情、病院関係者の理解や協力によって、完成した作品集は、詩三十六編、随想、回想からなる詩文集で、地元新聞にも大きく取り上げられた。関係者を集めての出版を祝う会も催された。心のこもった会だった。
 「軌跡」の中の初期の何編かは稿者も知っているもので、後半はその後の作である。彼は「はしがき」の中で伊東静雄の詩について触れている。
                   
  この詩(稿者注ー伊東静雄の詩「水中花」)に描かれている情景はとても美しく、私は衝撃を覚えた。夕方、西日に輝いている部屋の中、全ての物が美しい光を放っている。部屋の隅であろうか、小さな金魚鉢に、押し込められるように広がっている水中花。そして、わずかな隙間をぬうように泳ぐ金魚。狭い世界に、小さな輝き煌めかせる。
  輝く部屋の中、水中花を解き放った。空間一杯に広がった七色の水中花。揺らめく金魚の姿。それがまさに「光の洪水」となって、私の中にとびこんできたのだった。
 詩とは、これほどまでに美しく、人の心に染み入るものなのだ。私にとって大きな発見だった。
 しかし、詩の情景とは対照的に、伊東の想いは重苦しいものであったようだ。(中略)その状況に堪えかね、イメージの中で水中花を空間へ投げ放ったのだ。

 

 この解釈は、厳密な意味では過大な読みかもしれない。しかし、彼なりのこの詩の鮮烈なイメージの認識を語っており、そういた眼で彼の作品を読むと、幾つかの詩で彼の認識した伊東静雄の詩のイメージの影響があることに気づく。例えば、次の詩などは、彼なりの伊東詩の咀嚼の上に立った詩作のように感じられるのである。
  
    北  風
   
  粉雪を舞いたたせ
    木々を揺する風よ
    お前の故郷はどこだ

    遥か北方の氷の国
  白い雪の中
    野生動物の息吹が聞こえる
    遠い春を待ち続け
  静かに耐える植物のささやき
  それをもかき消すように吹き荒れる風
  何故にお前にとって安らぎの地は
  故郷ではないのか
  温かい母の腕の中ではないのか

  風は吹き抜ける
  温かさを求めて
  恋する人を探して
  二度と帰れぬ故郷を
  母の温かさを離れ
  今 何を求める

 

 この詩は、北風が生まれた場所を離れ、吹き去っていくことに着目したものだが、そこに「詩人にとっての故郷」について研究し、小学校二年以来故郷を離れている彼自身の心象が重ね合わされていることを見て取ることは容易であろう。
 最後に、詩編の終わりに置かれた最近の詩を紹介して、この稿を終わりたい。
   
    夜のニュース

  夜のニュースが自殺を報じている
  将来を苦にしての自殺らしい
  将来に絶望したのだそうだ

  絶望
  私には数知れないほどある

  動かぬ体
  叶わぬ夢
  遠い約束
  振り上げることもできない骨と皮だけの拳
  憤慨し
  呟きながらも
  その自殺者を羨んでいる

  自らの力で命を絶つことができる
  その事実に

 

<追記>

 この「詩文集・軌跡」を多くの人に読んでもらいたく、連絡先を以下に示す。
        ◎石川県珠洲市内浦町小木二ー十一ー一  

              四 方 二 三 男
     電話(0762)74ー0888

 

(以上は、稿者が石川県立医王養護学校に赴任中の記録である。現在は、別の高校に勤務している。)
                     (「イミタチオ」誌 掲載)

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