ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
内容は、文学・言葉・読書・ジャズ・金沢・教育・カメラ写真・弓道など。一週間に2回程度の更新ペースですが、休日に書いたものを日を散らしてアップしているので、オン・タイムではありません。以前の日記に行くには、左上の<前月>の文字をクリックして下さい。
・XP終了に伴い、この日誌の更新ができなくなりました。この日誌の部分は、別のブログに移動します。アドレスは下記です。
エキサイトブログ 「金沢日和下駄〜ものぐさ〜」 http://hiyorigeta.exblog.jp/
|
2010年01月17日 :: 雪道を歩きながら |
|
|
今週まとまった積雪があった。昨年はこれでいいのかと思うくらいの雪しか降らなかったので、久しぶりである。もう少し降り続くと町が混乱する一歩手前でおさまったのでよかったが、除雪のされない職場駐車場でのスタックを恐れて歩いて通勤した。 雪のために、これまでと違う町の様子が見える。大通りの歩道は意外に歩く人が少なく、裏の生活道路を歩いているものだとか、道から玄関にかけて足跡がまったくない家があって、空き家と知れるとか、この車は雪が被ったままで動かした気配がないなとか。そんな細かい発見をしながら、腰をかばい、すべらぬようヨチヨチと轍を歩いて進んだ。 帰りの夕まぐれ、車ならまず寄らないお総菜屋さんでおかずを購い、裏道を歩いていると、子供たちがまっさらな雪の公園で、ジャンプしたりわざわざ転んだりして雪に模様をつけて遊んでいた。 ああ、そういえば、自分も子供の頃、こうして道草しながら帰ったものだと思う。あの時代、今よりもっと雪が深かったし、除雪システムも貧弱だった。子供の背丈では雪の高さは目の前に迫ってくる。大人の靴跡に合わせて飛ぶように歩いたり、雪玉を転がしたり、いろんな小さな遊びを発明して時間をかけて家に帰ったものだ。 雪は夜の底を明るくする。空が暗くてもどことなく明るい、いつもと違う光の景色の中、いつもと違う帰り方をする。忘れていた雪の日の子供の自分を思い出し懐かしい気分に襲われたり、大人は除雪のことなどを心配しなければならないから、ただただ憂鬱なだけだけれど、もしそんな心配をしなくてもよいのなら、今でも子供のように雪と愉しくつきあえるかしらんと思ったりした。 いつもとほんのちょっと違う動きをしたここ数日。
|
|
|
|
|
|
お願い
この日記には教育についてのコメントが出てきます。時に辛口のことも多いのですが、これは、あくまでも個人的な感想であり、よりよい教育への提言でもあります。守秘義務や中傷にならないよう配慮しているつもりです。 もし、問題になりそうな部分がありましたら、メールにてお知らせください。
感想をお寄せください。この「ものぐさ」のフォームは、コメントやトラックバックがあるブログ形式を採っておりません。ご面倒でも、左の運営者紹介BOXにあるアドレスを利用下さい。
(マイノートパソコンと今は無き時計 2005.6 リコー キャプリオGX8)
|