ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
内容は、文学・言葉・読書・ジャズ・金沢・教育・カメラ写真・弓道など。一週間に2回程度の更新ペースですが、休日に書いたものを日を散らしてアップしているので、オン・タイムではありません。以前の日記に行くには、左上の<前月>の文字をクリックして下さい。
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先日、県内の水墨画愛好家の作品が一堂に会する年に一度の展覧会「第二十回石川県水墨画協会公募展」に、母の友人が出品しているとからと運転手で県立美術館へ。お相伴で鑑賞。 てすさび程度の作品が並ぶのかと思って観たが、あにはからんや、レベルが高くて驚く。このあたりはもう少し筆遣いを工夫したらよくなるのにといったものも時に混じるが、それだからこそ、出来不出来がはっきり判って、そうした意味で、観ていてすっきりと理解できた。 同行した愚妻も気がついたそうだが、写実主義で、且つ微細に描かれた作品は、ほとんど白黒写真と変わらなかった。作品を描いた日曜水墨画家さんたちは、そのことに気づいているのだろうか。 ほど遠からぬ或る日、「織作峰子写真展〜DIMENSIONS」を二十一世紀美術館にて鑑賞。 大判の画集がごとき作品集を1頁1頁開いて、すのこを渡した通路の左右に平置きし、お花畑を散策するというイメージで会場セッティングされた、地元出身の写真家、織作さんの作品展。この見せ方のアイディアは面白かった。会場は、だから仕切りがなく、広々したワンフロアが見通しになっていた。 作品はまるで押し花のよう。花をアップで捉え、それに特殊な現像をするのだろう、薄墨色の水彩画と見まごうばかり。花という物体以外は紙の地色で、いわば省略の美。但し、すべてその技法で統一されているので、最後のほうまでくると、正直、少々飽きた。 墨絵のような花々を散策しながら、今度は、これは写真でなくてもいいのではないかという気持ちが湧いてきた。前回の水墨画展の時とまったく逆である。よく言えば、芸術のクロスオーバー、表現方法などは、行き着くまでのひとつの通過点に過ぎぬというところなのだろうか。 彼女なりの新しい試みなのだろう、しかし、正直、いつもの織作さんらしい写真も見たかったという気持ちになった。観る側の人間はなかなか我が儘なものである。
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新車慣れシリーズで、また富山観光に出かける。新しいシートでの腰の調子、高さはどのくらいがいいかなど、いい加減に乗るとテキメン痛くなるので、そのあたりを探る目的もあり。 場所は、富山港、新湊の帆船海王丸。初代が役目を終えて係留されている。海の日前日ということもあり、催事もされていたが、風が強く、仮設テントは大変そうだった。中の見学は四百円也。少々お高いかと思ったが、甲板だけでなく船内細部まで見学できて、充分楽しめた。船長さんとの記念撮影も体験。それにしても帆船はフォトジェニック。存分にシャッターを押した。 午後は、富山市に移動。まず、リニューアルされた富山城址の郷土資料館を見学。当時越中が置かれた状況や分家筋越中前田家の系図などを勉強する。城址公園は改装中で、地下駐車場のコンクリートが地上にむき出しになっていたりして殺風景だった。広場に現代風の駐車場入り口が完成しているのだが、公園中央ににこうしたコンクリ建築が置かれていて、ちょっと違和感を感じたが、なにせ、普請中である。完成を待ちたい。 富山近代美術館では、「第九回世界ポスタートリエンナーレトヤマ二〇〇九」を見学。どれも人を驚かすアイディアに満ち溢れ、観ていて楽しかった。会場には大量に作品が展示してあるので、一瞬観て「あ、面白い!」と思わせたものが勝ちなのだろうなと想像する。それは、ポスターそのものがもつ宿命である。最後に審査員たちの作品が並んでいたが、これらが一番面白くなかったのは皮肉であった。ベテランたちは、自分たちの常套句で話しているだけで、新鮮な冒険が感じられない。逆に言えば、若々しい新鮮さを常に維持しなければならない、なかなか大変な業界であると感じた。 帰路、私は油が切れて辛くなり、愚妻に運転を任せて、サービスエリアに寄り寄り何とか帰った。歳をとったこともあり、終日、一人だけでの運転は危なっかしそうだ。
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今年、同業の諸先輩・元同僚の方々が次々に逝去され、夜、着替えて通夜に行く日が多くある。退職されて間もなくの方、長くて退職後十年程で亡くなられた方……。男子の平均寿命八十歳には程遠い。先日も、大学の先輩にあたる方が、突然倒れて帰らぬ人となった。 この前の劇の鑑賞会の待ち時間、久しぶりに懐かしい顔ぶれの女性方とお会いし、雑談を交わしていたら、最近、身の回りの女性に切迫流産が多いという話をされていた。現代社会は、人としての「健やかさ」と反対のものに変わりつつあるような気がしてならない。 それにしても、亡父の法事を含め、最近はお経が妙に親しい。この歳相応なのだろうか? そのあたり、私にはよく判らない。
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次の懸案はお墓作りであった。祖父母は遠く郷里に埋葬されたので、父の代からここ金沢に墓を作らなければならぬ。用意のいい父にしては、この件については何も決めていなかった。 それには訳がある。 墓を決めようと下見をし始めた十年前、若かった弟が、ピンピン生きているうちにお墓を決めるなんて縁起が悪いと大反対したからである。今、弟に聞くと、そんなこと言ったの? さっぱり覚えていないという。家族一同、一瞬、「あれれれ???」気分であった。 地元石材業者へ見積もりを頼み、ショールームを見学するなど、大きな買い物をする時に踏む手順を順に踏み、六月下旬、無事、完成した。七月初め、墓に骨を収め魂を入れる式をし、今日、初盆をして、この件は一段落した。 毎年お盆をしている人には当たり前の行事だが、長男筋ではない我が家は、これまでお任せで過ごしていたので、盆に何をすればいいのかさえよく判らず、知らないことばかりだった。 墓石についても、安価な中国産、高価な国産、大きさ、デザインで様々なランクかあって、ひどく値段が違うことに驚いた。お墓を「製品」として見たことがなかったので、ちょっと変な感じがしたが、間違いなく、これも現代の商品である。先日購入した自動車となんら変わらない。
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新車が納車された土曜、新旧二台を並べて記念撮影。旧車はスクラップになるという。翌日、白山さんで安全祈願の御祓いをする。日程的に間が空かず、すぐに御祓いが出来たことに何だかすっきりした気持ちになる。 今日、高速初乗り入れと、ETCのゲートくぐりの練習を兼ねて、富山方面へドライブに行った。 行き先は「ミュゼ福岡カメラ館」。目的地がいるからここに決めたといういい加減な決め方。ここは、最早、いきつけ状態である。「山の星月夜〜眠らない日本アルプス」菊池鉄男写真展が開催中。 日本アルプスの夜景写真。星が露出の長さに従って弧の筋となっている。天文写真ではないので、その筋の長さにこだわっているわけではなく、星と地平と山の連なりがテーマの雄大な夜景写真である。説明不要の美しい写真たちで、北アルプスの山々が多い。我々北陸人には親しい山並みばかり。 デジタルとなって感度が上がり、星が点として表現できるようになったと写真家自身の説明にあった。つまり、止まっているのが新しい作品ということになる。画素数が上がったため、全紙クラスで焼いても、遜色ないどころか、とめることができるのだから、いよいよバカでかい銀塩カメラかついで山登りという世界は終焉が近そうである。 ドライブが主目的だったので、ここだけ観てすぐに帰った。新車は、高速道路のパワー的にはなんの問題もないが、ホイールベースが軽自動車並みなので、段差でぽんぽんとよく跳ねる。 が、前の愛車の半分の値段である。文句をつける筋合いではない。
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この日記には教育についてのコメントが出てきます。時に辛口のことも多いのですが、これは、あくまでも個人的な感想であり、よりよい教育への提言でもあります。守秘義務や中傷にならないよう配慮しているつもりです。 もし、問題になりそうな部分がありましたら、メールにてお知らせください。
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