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ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。

 内容は、文学・言葉・読書・ジャズ・金沢・教育・カメラ写真・弓道など。一週間に2回程度の更新ペースですが、休日に書いたものを日を散らしてアップしているので、オン・タイムではありません。以前の日記に行くには、左上の<前月>の文字をクリックして下さい。

 

・XP終了に伴い、この日誌の更新ができなくなりました。この日誌の部分は、別のブログに移動します。アドレスは下記です。

 

エキサイトブログ 「金沢日和下駄〜ものぐさ〜」
           
http://hiyorigeta.exblog.jp/

 2009年03月03日
   「耳の日フェスタ」に行く
 冬の日のある日の新聞広告に、大橋照子の名を見つけた。医師会主催の「耳の日フェスタ」の司会で来沢するらしい。米村でんじろう氏の「楽しい理科実験」がメインなので、当日三月一日は、仕事分野が重なる愚妻も同行、参観した。会場の北国新聞赤羽ホールは初入場。会館奥にある曲線を多用したデザインの中ホールであった。
 でんじろう氏のイベントは、親子で楽しめる理科実験を、助手をつかいながら、時には寸劇を交えて、幾つか重ねていくもの。「観客皆で参加する」というのがポイントだと思った。
 人間の静電気通電実験では、多人数で手をつなぎ、実際に体験する。誰でもビリッとするのは判っているが、多人数でも、電圧は弱くならず、かなりビクンとくるということを全員で実体験することで、楽しさが出てくる。説明の仕方や効果面など、そんなところばかりチェックしていたのは、こちらの商売柄で、もしかしたら、嫌な客なのかもしれない。
 お目当ての大橋照子アナを眼前に見るのは一九七八年以来。日本短波放送のスタジオにお邪魔して以来である。語りは、ナレーションで鍛えたベテランの風格さえ感じられるもの。私は、時折舞台に現れる彼女を拝見しながら、三十年前のあの頃を思い出して、懐かしい気分に浸っていた。
 それにしても、片方はイベントめあて、片方は司会者目当て。一つのイベントを、夫婦共に楽しく見て、でも、全然、見ているところが違うというのが面白い。
 2009年03月02日
  いい話を聞いて
 今年、各分野の専門家による特別授業や、大学に出向いての実習を理系の生徒とともに体験している。
 例えば、コペルニクスがどう考えて地動説を唱え、ガリレオが受け継いで何をやり、ニュートンがどう続いたかの講義を聞いた次の回に、国立天文台の方の最新情報を聞く。なかなかうまくできている。
 その若い天文学者さんの話で、現在、宇宙はどこまで解明されているのかがよく判った。今や天文学は、望遠鏡で眺めるだけでなく、スーパー・コンピューターによる演算やシュミレーションで実験的に考えていくらしい。そうした研究の進歩に目を見張った。しかし、考えてみると、作業は変われど、根底は「起こっていることへの疑問とその解明」である。気軽なパーカ姿の若手研究者も、まさしくガリレオの末弟子に違いない。
 少し後にあった元宇宙開発機構の方は、今度は実際の宇宙飛行の様子を説明して下さった。これは、実際に宇宙空間で不都合がないよう、どう対処しているか、日本の宇宙開発はどこまで進んでいるかといった具体的な話。同じ宇宙の話でも三者三様で面白かった。
 数学分野では、どうして円周率は求められたかという話を聞いた。途中の計算自体はよく理解できなかったが、アプローチの仕方は判った。πが既定の数字として勉強しているだけでは判らない、学問としての世界であった。
 物理分野では、放射線が放出する様子を、よく冷やした箱の中で、霧の動きとして肉眼化する実験を見た。ラザフォード、キュリー夫妻など、お話でしか知らなかった世界を目の当たり出来て楽しかった。
 この他、DNAの電気泳動実験、サッカリン(久しぶりに聞いた懐かしい言葉!)の精製、空気膨脹動力の発動機工作など、それぞれ大学の専門課程になって体験するような内容をアラカルト的に体験した。私が学生のころは、「生物」といえば、染色体で終わっていたので、生徒の実験レベルで、ほいほいとDNAを扱うこと自体に驚きを感じた。私は、人類の叡智って素晴らしい、いい経験をして、「学問」が好きになってくれるといいと素朴に思い続けた。全課程でほぼ理系を網羅しており、子供たちの進路選択に大いに参考になったはずである。おそらく、「若さ」とは、こうした刺激に人生を賭(と)して飛び込んでいくことができるということなのだろう。
 逆に、ロートルの私はと言えば、感心の連続ではあったものの、他分野を積極的に吸収して応用していく余力はなくなっている。食い付く気力が足りなくなっていることを実感し、ちょっと情けない気持ちにもなった。
 2009年03月01日
  身なり改善?
 これまで、身なりに無頓着だった。生地がヘタってきても、まだ着られると平気で着ていたのだが、この数年で買い替えを進めた。
 背広を一年間に数着購入。筆記具を万年筆にしたのはご存じの通り。ペンケース、名刺入れも革製に。透明ビニール傘はしっかりした傘へ。Yシャツも買い足しを続け、完全に世代交代した。足元は実用重視でゴアテックスの革靴を新調し、首から下げるIDカードフォルダーも革製にして、服の色に合わせ、支給品と使い分けるようにした。
  で、どう変わったかというと、何も変わらない。人並みになっただけである。心理的にも、どう変わるか楽しみにしていたが、これも全然変化なし。おそらく、既にあるものを買い替えただけなので、新規の「驚き」がないのだろう。
  この冬、父の使っていたコートが私のところにやって来た。英国製の品。肌触りがよく、お気に入りになった。そういえば、数年前、従兄弟の遺品分けでブランド衣類も沢山戴いている。大事に使ってあげることが供養になるという気がして、有り難く使っている。
 2009年02月28日
   人と付き合う
  看護師さんは親切な方がほとんどだが、こちらのお願いをスルーしてしまう人もいると病人が不平を漏らす。そんなの、人それぞれ、文句を言うと嫌われて、結局、自分が損をするよと父をなだめた。
 一人で何人もの患者さんを抱えている医療現場、かゆいところに手の届く対応は、したくてもできない。特に、夜間は少人数で、大変なお仕事だと感じる。
 看護師さんには、患者さんと辛抱強く付き合っていく「看護の心」がいる。これがないとおそらく嫌になる仕事だ。中には患者さんに付き合うのに飽きてしまった人もいるにちがいない。何と言っても四六時中人と接する仕事、判る気持ちである。
 看護は、人好き、世話好きでないとつとまらない。性格的な適性も大きいだろうし、「看護が自分の天職だ」という信念や矜持も勿論必要だ。色々なことを含めて、大きく「看護の心」いうのだろう。
 以前、見知った若い看護師さんに聞いたら、自分に看護の心がないことに気づいていない人が一番困るという話をしていた。その理由までは聞かなかったが、未だにこの言葉を覚えている。
 同じ人相手の仕事、自戒としたい。
 2009年02月21日
  代替わり

 私が住む台地の川向こうにある洋食屋さんに十年以上ぶりに入った。コロッケや焼きめしなどごく普通のメニューを出す、ごく普通のキッチン。でも美味しいと評判で、お客さんが絶えない。
 中に入ると、ほんの少し店が古びたと感じたが、それ以外は何も変わっていない。
 だが、カウンターに座ってすぐに気がついた。メイン・シェフが息子さんらしき人にかわっている。以前のご主人もご健在だが、サポート役に回っている。
 中を見ていると、若主人はたて込んだ注文を同時に幾つもこなして、最早、ベテランの域、立派な大黒柱である。
 急に、私は歳月を感じた。
 遠いので、今後もそう頻繁に訪れることもない。ぽつんぽつんと、今日のような感じで何度か訪れ、それで私の見届けは終わりになるだろう。その何回かの後、今度は、彼の、そのまた息子さんが厨房に立っているのかもしれない。
 忙しく動き回るシェフの後ろ姿を見ながら、そんな想像して出来上がるコロッケ定食を待った。

 

 2009年02月15日
  いじくられた末に
 病院言葉で一つ驚いたのは「師長」という職があること。最初は何のことか判らなくて訝ったが、看護婦が看護師になったことに伴う名称の変更だと気がついた。つまり、昔の「婦長」さんのことである。
 確か、一時期、「看護士」という言葉もあったはずで、男女平等の世の中、性別で分ける意味がないという考えから「師」に統一されたのだろう。
 ただ、病院には色々な「シ」がいる。それこそ医師・看護師をはじめ、薬剤師、理学療法士・作業療法士(こっちは「士」と書くようだ)など。
 「師長」では、医師のトップやもしれず、それぞれの職種の「シ」ごとに「長」がいてもおかしくない。理屈上、「士長」も考えられる。どうも領域が不分明で、未成熟な言葉のように感じた。
 戦後、差別のニュアンスがあるからなどとして、漢字を色々制限してきた。掃除する人というイメージのある「婦」は、公的には敬遠されたが、一般的には「主婦」「ご婦人」などという言葉で通用しており、統一がとれている訳でもない。
 老父のベッドサイドでいつも書いていた連絡帳には、最初、「看護師さん」と書いていたが、「ナースさん」と書く方が楽チンであることに気がついて、途中から片仮名書きになった。現場でも結構主力の言い方のようだ。こっちなら「師」か「士」かなどと悩まなくてすむ。
  自分がそうしておいて、愚痴るのも変だが、世の中、なんだかんだと漢字を弄くっている間に、「英語のほうが楽でいい」となって、片仮名に取って代わられた言葉が、まだまだあるような気がする。
 ただでさえ面倒な漢字、どんどん普段の生活から離れて、テレビのクイズの世界のものになっていく。これ、おそらく、今の時代の人が後世に残した大失敗である。
 2009年02月14日
  医療雑感
 父が入院中に思ったことを幾つか書いておきたい。
 今の医療は、患者が全快しなくても、症状が安定すると、三か月を目途に退院を勧める。自宅がバリアフリーではなく自宅介護が無理な家庭は、その次の行き先を探すしかない。それも、症状により色々なタイプの受け入れ先が考えられる。
 昨夏、父の症状が安定していた時、病院から退院を勧告された。そこで、ケアマネージャーさんと連絡を取りあいながら、大慌てでいくつか施設を見てまわった。
 老人病院は、看護師数が絶対的に少なく、寝たきり医療に近い印象で、細やさに欠ける印象だった。また、町に近く利便性のよい特別養護老人ホームはいい感じだったのだが、そういうところは何百人待ちの状態で、いつ順番が回ってくるのか判らない。そもそも、そこまで患者の命がもつのかと、ちょっと情けなくなった。
 介護保険法が出来てそれなりにたつ。「医療」と「老人福祉」は、本来、表裏一体のはずだが、うまく連動していない印象がある。昨年より動き出した「後期高齢者福祉制度」も大不評で、手直しが必至の情勢だ。なにはなくとも、福祉と医療だけは、人が死ぬまでスムーズな形でフォローしてもらいたい。自分の老・死に関して、人に迷惑をかけたくないと思うのは人情。今の医療は「工事中」で路面がデコボコしているような気がしてならなかった。
 2009年02月08日
  辞書にない言葉
 その昔、演劇に関わった時があって、その折りに「カツゼツ」という耳慣れない言葉を聞いた。「お前はカツゼツが悪い。」というような言い方から、発音が不明瞭という意味なんだろうと漠然と理解した。
 この言葉、もともと、こうした発声にからむ業界の用語なので、今も多くの辞書には載っていない。漢字は「滑舌」や「活舌」という字を当てている。
 ただ、最近は完全に市民権を得ていて、日常会話にもよく使われる。この言葉が「広辞苑」に載ってなくて逆にびっくりしたという話題が、実際、先日の職場で交わされたくらい。今や、この言葉に違和感を持つ人はほとんどいないだろう。
 チラシで時々見受けられるようになってきた言葉に「日配品」というのがある。これも、最初、意味が判らなかった。
 毎日売り切れて、毎日、配送される品物という意味らしい。スーパーで言えば、牛乳、畜産加工品、豆腐、納豆などがそれにあたる。最初、私はこの言葉で括られている商品は、毎日、我々に配達してくれるのかと勘違いしそうになった。あくまでもこの言葉は、「毎日のように納入業者がスーパー側に配送する」という意味での「日配」で、いわば流通業界内での話。我々消費者とは関係がない言葉で、私は未だに違和感を感ずる。
 同様に、この前、電気量販店のチラシでみたのは「最寄品」という言葉。電球、電池などがこの分類になっていて、調べると、最寄りの店で購入することが多い消耗品の類がこれに入るらしい。これも違和感が残った。最寄りの店で客が買っていきそうな品々という意味なので、やはり売る側主体の言葉である。業界用語然とした内輪言葉をわざわざ消費者向けに印刷大書する必要はないではないかと私は思ってしまうのだが如何だろう。
 最近、このあたりの「言葉のルーズさ」が目立つようになってきた気がする。お気づきか?
 2009年02月07日
  漆器業界管見
 漆器店で感じたことがある。
 奥に並んでいるのは、屠蘇注ぎ・お重などの正月用品、仏具・茶道具など現代生活には不要不急のものばかり。主力の塗り椀も、一家でそうたくさんはいらない。食以外でもっと生活に密着したものがあればいいのに……。
 私は、万年筆を入れる筆箱があったらと思ったのだが、専用のものはなかった。宝石小箱がある程度。
 丸善などの文具専門店には、筆記具の収納や持ち運びに便利なペンケース、万年筆箱、ペンスタンド、持ち手のついた抽斗付きトレイなど、普段の生活に合わせよく考えられた木工製品が売られていて、時々、筆記具ファンの話題にのぼっている。
 まず、「毎日使うから質のいいものが欲しい」といったものを作らなくてはいけない。ブランドバックに大枚はたく今の世、高級品でも買う人は買う。そのためには、使う人がこれは便利と思う形や機能がなければならない。今、例にあげた木工品は、単なるウレタン塗装だった。あのよく考えられた機能で漆だったら、魅力はもっと増すはずである。
 例えば、ある革屋さんが出しているペンケース。素材はいいものに違いないが、ペンとペンの間にしきりがなかった。筆記具趣味の人は、互いが擦れ合って軸に傷が付くのを極度に恐れる。それで、この製品は候補からはずれてしまう。
 反対のこともある。先日、馬具屋さんと筆記具メーカーが提携したペンケースが発売された。革は文句なしだし、筆記具屋さんの助言が入って使い勝手がよさそうで、なかなか魅力的に仕上がっていた。
 漆器業界も、まず、こうしたニーズのリサーチや掘り起こし、形・機能の吟味、魅力的なデザインという「商品開発」をした上で、漆の技術を生かす製品作りをすすめないといけない。ペンケースですといって、どれだけ表面に精緻な筆を加えても、単なる細長い箱だけでは、人は買わない。
 そして、最後の努力として、その道具を使う業界の専門店で売るようにプッシュしなければならない。そこで初めて消費者が気づいてくれる。
 漆は作家さんによる家内制手工業なので、個人ではそこまで手が回らず、なかなか難しい面もあるのだろうが、素人ながら、そんなところがすっぽり抜け落ちているような印象を持った店巡りだった。 
 2009年02月03日
  (つづき)

 とはいえ、せっかくの地元。先日、市内の漆器店を二軒ほどひやかした。入り口付近は観光客用のお安いものが並んでいて、敷居が高くないようにしてあり、一安心。ただ、高級品は見るからに違いが判るが、中級品とプラスチック地のお手軽品との違いがよく判らなかった。
 不況で高級品は売れず、且つ、それなりの品と安物の区別が、ぱっと見でつかないということになると、買い手は、安いほうに流れてしまう。食器も、今の時代に、電子レンジ・電気食器洗浄機不可はかなり痛い。大事な地元伝統産業が苦しそうだというのがどことなく判った。
 私は、結局、投げ売りの平皿を買って帰り、例のバーゲン蒔絵万年筆を置いてペントレイとした。
 黒に黒、色合いはバッチリだが……。このレベルで漆と付き合っていてもなあ。

 2009年02月02日
   蒔絵万年筆を買う

 十年ほど前、塗り物の文箱をいただいた。去年は蒔絵の置物。ここ石川県は、高級な輪島塗、実用品中心の山中塗と、二つの漆器産地をもっており、黒地に金の配色は親しい。
 ただ、一部の日本人には既に過去の産物らしく、蒔絵ボールペンを使っていた知人を、異国情緒趣味の外人でもあるまいしと嘲笑するブログを読んだことがある。愚妻も、昨年買った細軸の蒔絵万年筆を職場で使っていたら、中国土産かと言われたそうだ。
 先だって、今度は太軸のが特価で売っていたので、自分へのお年玉として購った。普及クラスだが、一応は手書きの品。若い頃だったら、洒落ているとは思わなかったかもしれないが、今の歳の感覚では、これはこれで美しい。
 それではと、久しぶりに例の文箱を出してみたが、どこに置くかで迷った。洋式のマンションの部屋に和の箱は調和しづらい。万年筆も乱雑に扱うと花の絵が剥げるのではないかと心配で、がしがしとは使いづらい。家には他に漆のコーヒーカップもあるが、これは飲んだ後の後片づけが大変そうで、仕舞ったまま。
 漆ものをどんどん使いたいが、日々、慌ただしく生活している中では、その味わいを楽しめない。余裕のある生活になってはじめて、調度品の美しさを味わえるものなのかもしれない。(つづく)

 

 2009年02月01日
   銭湯で相撲を観る
 行きつけの写真屋さんがなくなっているのに気がついた。看板がはずされてシャッターが閉まっている。以前、デジタルでは利益がでないとご主人が言っていたので、内心、心配していた。ご夫婦でやっていて、カメラの修理などでお世話になったので、残念である。確かに、私自身、このところ行く回数が激減していた。これから、どちらでどんな生活をはじめられるのだろうか。新天地でのご繁栄をお祈りするばかりである。
 二年前、行きつけの食堂が廃業した時にも感じたが、コミュニケーションをとりながらご商売をしていたところが、どんどん御商売をやめていく。お客である私は、年を追うごとに、話相手がいなくなっていくような感覚になって、寂しさを感じる。考えてみれば、最近は知らない人が打つレジ会計型の買い物がほとんどになっている。
 先週の日曜、地元の大型銭湯に行った。昨年は慌ただしく、風呂に行くという発想が出てこなかった。かれこれ一年以上ぶりである。
 浴後、休憩室に行くと、結構な人。みんなテレビの大相撲千秋楽を見守っている。自分もその中に入って優勝の行方を見守った。休場を続けていた朝青龍の復活がかかった横綱対決と優勝決定戦。対戦中はみんな力が入り、終わると小さくため息が出た。
 こんな風に多くの人と一緒にテレビを観るという行為は本当に久しぶりで、応援しながら懐かしい気持ちがして仕方なかった。見知らぬ人同士だけど、微妙に連帯感のあるような、ないような、淡いつながりの空気。
 昔は、もっとテレビを囲むという場面がたくさんあった。家族全員、居間に集合し、部屋を暗くして「赤穂浪士」「太閤記」を観ていたし、少し大きくなっても、お風呂の帰り、電気屋さんの前で、当時めづらしかったカラーテレビを通行中の大人たちと一緒に見入っていた。我が家はカラー導入が遅かったので、尚更、その光景を覚えているのかもしれない。
 今の生活が、「個の生活」になっていることに改めて気づいた最近の出来事二つ。
[1] 

お願い

 この日記には教育についてのコメントが出てきます。時に辛口のことも多いのですが、これは、あくまでも個人的な感想であり、よりよい教育への提言でもあります。守秘義務や中傷にならないよう配慮しているつもりです。 もし、問題になりそうな部分がありましたら、メールにてお知らせください。

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