ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
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2010年04月13日 :: 海流座公演「新・裸の大将放浪記」を観る |
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ご存じ芦屋雁之助の当たり役。私達世代で山下清といえば小林桂樹だが、後年、テレビで人気が沸騰した。しかし、あまりに好評を博したため、役者としてイメージが固定してしまう不幸にみまわれた。その上、糖尿病にもかかわらず肥った体型を維持せざるを得ず、時に差し出されたおにぎりを客前で頬張って見せたりもして、ジレンマを抱えつつ演じていたという。そうした実情が、死亡後、世間に広まって、役者の因果な商売ぶりが改めて言われたりしたのが、もう五年前のこと(二〇〇四年没)。 その姿を知っているだけに、弟小雁は引き継ぐのを悩んだようだ。米倉斉加年が説得し、脚本・演出を手がけることで、この役を引き受けることになった。 主人公山下清は、田舎の駅で盲目の少女と出逢い、彼女の勤め先の軍国食堂で働くことになる。突然姿を消してしまった清を心配した八幡学園の馬宮は、清を探しあてて迎え来て……という展開。前編は、お馴染みの山下が引き起こすドタバタと、純粋だからこそ人を最終的に幸せにしてしまう彼のありようを描いて、安心して観ることができる。軽度の知的障害があるがゆえに、周りを慌てさせ、笑わせ、そして幸せにしてしまうという演技は、考えてみれば、藤山寛美の十八番であった。兄より声などが似ている小雁の演技に、寛美のイメージが重なったのは私だけだろうか。今年、小雁は七十六歳になるはずだが、動きも軽快で、「番頭はんと丁稚どん」の頃と全然変わっていないように見えた。 戦後、放浪の天才画家として山下清の名は有名になる。彼の生活もプロの画家のそれになり、「先生」と呼ばれる存在になった。その中で、時に鬱積したものが表に出て苛つく。後半は、そうした人間的なテーマが現れ、新劇的な展開をみせる。そのあたりもしっかり描こうというのが米倉の意図であり、そこが小雁が納得したところだったのではないかと推察する。 役者的には、米倉を久しぶりに生で見られたことが収穫(易者役 今年七十五歳)。何十年も前、役者として成功をおさめ、テレビにもよく出ていた。絵描きとしても独特の才能を持っていることは我々世代以上の人は皆知っている。最後に、小雁とともに彼も少しトークがあった。この芝居、小雁はもちろん彼も大事な看板で、二枚看板の劇。それに、フォーリーブスの一人、おりも政夫が頑張っていた。当時若かった女性観客陣はさぞ懐かしかろう。 (2010.4.12)
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