ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
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平成十四年、芥川賞を受賞した吉田修一『パークライフ』(文藝春秋社)は、日比谷公園を舞台にした公園小説(?)で、近くのスターバックスが重要な舞台となっている。ああしたお洒落で優しくて、でも、どことなくクールな都会生活のスタイルに、今のシアトル系コーヒー店はよく似合う。ある意味、シアトルコーヒー文化を表徴したスタバ小説(!)という言い方もできるのではないか。この作品は、そうした風俗をつなぎ止めた小説として、後世、名が残るかもしれない。これを、中上健次が、一九六〇年代後半、新宿の「ジャズビレッジ」に通い詰めたあの濃密な関係と較べるとその違いがよくわかる。 ところで、「喫茶店文化」とは何だったのだろう。あの頃の喫茶店にあって今ないものとは? 冴えない頭でちょっと考えてみた。誰でも思いつくような内容で、気の利いた説ではないけれど、せっかく考えたのだから……。
一、我々に本格的なコーヒーの味を教えてくれた。珈琲道伝道。当時、家庭と店では圧倒的な美味しさの落差があった。美味しいのを飲もうとしたら喫茶店に行かないと飲めなかった。 二、今は画一化されたチェーン店が全盛だが、昔は、一軒一軒、内装やメニューなどにお店の個性が発揮されていた。ある人は、その喫茶店を趣味がいいというし、ある人は嫌いという。その好き嫌いで、その人の嗜好が判ったし、自分が背負っている好尚を確認できた。 また、店に個性があるから、どのように使うかで選別もできた。例えば、私の場合、昔、よく使った香林坊交差点の「グラスホッパー」。ジャズ好きなのでどうせならジャズを流してくれているところがよくて、でも、基本的に、久しぶりに会う友人とおしゃべりするためだったので、ジャズ喫茶のように「大音量で黙って聞け。」ではダメだった。その結果の選択だった。 茶店通いには、マスターの趣味やこだわり、ひいては個人の人格の拡大としての店の雰囲気というものに惹かれる人も多かったように思う。規格内装、マニュアル接客では出せない部分である。 三、昔は、歌声喫茶、ジャズ喫茶、ロック喫茶などと、単に憩うだけの場所ではなく、その場所場所が自己主張していた。客は、発信される文化を吸収しにいったのである。大げさに言うと勉強の場であった。 四、その結果、集うお客さんには目的があった。目的が共通しているから、そこに交流が生まれる。今は客同士でつながりが生まれるわけがない。マスターから色々情報を仕入れたりする縦のライン、客同士の横のライン、両方あった。 五、今のスタバなどはお洒落に飲むといった感じが優先する。座席に座りながらも、自分自身、どこかで気取っている感じがする。自分の今風生活を演出する小道具としてのスタバという感じである。だから、年寄りには腰が落ち着かない。家で飲むのとは違うから、当然、ちょっとした気取りは、昔もあったが、昔のほうがまったり感があったような気がする。
と、ここまで書いてきたが、何だか、「昔はよかった」的な分析で、年寄りの繰り言のような気がしてきた。一律にこう言えるものでもあるまい。もう幾つか考えたような気もするが、このあたりで止めよう。 それより、これまで、これもかという具合に喫茶店は滅びつつあると書いてきたが、実は、思った以上に、どっこい生きているとも言えるということを最後に指摘しておきたい。 先日、日中、職場近くの郵便局に行く道すがら、意識して探したら、五〇メートルほどの間に二軒もあった。どちらも目立たない店構えでキャパシティも狭小である。日替わりランチをやっているので、それを毎日のように食べに来る固定客がいるのだろう。 こうなると、珈琲文化とは無縁の世界だが、私の分析の五あたりはしっかり押さえて、住宅地のまっただ中、ご近所の集会所、昼間の小料理屋さんといった役回りの個人営業でそれなりにご商売が成り立っているのだろう。 懐かしき喫茶店文化は、どうやら、こんなところに着地しているようだ。
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