ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
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2010年08月20日 :: 藤村「食堂」を巡る断想 |
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昨日触れた島崎藤村の短編小説「食堂」は、京橋の大店を関東大震災で失い、浦和に引っ込んでいたお三輪が、震災後、昔の使用人だったお力夫婦や板前の腕を持つ廣瀬らの協力を得て、芝公園で食堂をひらいている息子の新七のところを訪れる話。 出題箇所だけでは震災でつぶれた店がどんなご商売がはっきりせず、問題集の解答・解説に「格式の高い料亭のような店だったと思われる」とあったので、そのまま鵜呑みにしていたが、よく読んでみると、「商人がかんじんの店の品物をすっかり焼いた」とあって物品販売だということが判る。そこで、全編、青空文庫で読んでみると、「香、扇子、筆墨、陶器、いろいろな種類の紙、画帖、書籍などから、加工した宝石のようなものまで、すべて支那産の品物が取りそろえてあった」とある。つまり、高級中国輸入雑貨専門店というべき店。この問題集の解説者は出題部分しか読まずに作ったということがバレバレなのであった。何年も前の版のを観てもそうなっていたので、ずっとこう書いてあるのだろう。お節介かと思ったが、出版社にメールで知らせた。 お三輪は昔気質な性格で、かつての店に未練があり、その再興を願うが 息子は何もかも変わってしまったのだから夢を見てはいけない、なりふり構わずやらないといけないと反論する。お三輪はそれを悲しく思う。店は元々お力夫婦がやっていた休茶屋に板長として廣瀬が腕をふるう形で動いており、息子新七は仮の店主のような立場でこまかいことに気を配ってる。いわば、三者平等体制で繁盛している。
震災後の人々の立場の違いを描いてなかなかの佳品だと思ったが、ちょっと気になったのが、最後のほうに、お三輪が若い頃、老いた僧が店に来たことを急に思い出し、あれは、死ぬ前の「暇乞い」だったのだと気づくという挿話。以後、彼女は、それと自分を重ねたかのように、お力らになけなしの小遣いを与え、別れがたく思いながら別れる。 あれだけ、息子の考え方を残念に思っていながら、老僧のことを思い出したというだけで、お別れモードに入る三輪にちょっと性急さを感じた。なにを作者は言いたいのだろうか。 この話を同僚にすると、この小説、当時の文壇状況に対する暗喩ではないかという意見。それには、なるほどと唸った。 この小説は大正十五年の作。舞台は震災一年後の話で、まさに同時代的な話である。関東大震災は、日本の文化的状況を大きく分けた大事件。元号の変更まで数年あるが、それより精神史的文化史的転換点の意味合いが深い。これを機にプロレタリアートの興隆も表立つ。そうした中で、もう全盛とは言い難い自然主義文学者である藤村。三輪にはそうした自分自身の立場が投影されているのではないか。 「下から頭を持ち上げて来るようなところがある」と息子の新七に評価されるお力夫婦らは、いわばプロレタアート。そうした力強さを観て、暇乞いをして幕引きを考える三輪には、確かに芥川龍之介が感じていた「自分の時代は終わった」感と同質なものを感じる。おそらく既成作家が多かれ少なかれ感じていた時代の空気のようなもの。 ただ、夢を見ていてはダメだ、なりふりかわまわずやろうと決心している息子が誰の謂なのかはよくわからない。 自然主義小説家の小説にしては、実に世相取材的で客観的に書かれているなと感心しているだけだったが、そうした読みを提示してくれて「いやあ、すごいです。」と感心しきり。
これには後日談がある。私が感心しているのを知った同僚、「思いつきで言っただけだから、全然、確証はないよ、俺の意見ということになって、ボロが出たら嫌だから、この意見は捨てる。」とのたまう。「なら、ゴミ箱から拾ってきて、もらっていい?」と聞くと、「どうぞ。」とのこと。 ということで、この意見は私のオリジナルになりました。 さて、これ、「思いつき」か「卓見」か?
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