ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
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2005年02月25日 :: 遅ればせながら、江藤淳「妻と私」を完読する。(江藤淳感想2) |
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テスト問題として、部分しか読んでいなかった江藤淳「妻と私」を、単行本(文藝春秋社)で取り寄せて読んだ。断片的な入試問題としての文章しか読んでいないことへの反省をこめての注文である。原稿用紙で百枚ほど。約一時間で読了する。 妻の行動に、病気が原因の問題が徐々に表立ってくる。その妻と病室ですごしながらの生と死についての思索、そして、死。その後、自分自身も重篤の事態に陥る。しかし、徐々に回復し、日常と実務の時間に、再度、生きる意義を見いだそうとするところまでが書かれてある。 後半、作者自身に命の翳りが現れることまで書かれてあるとは知らなかった。とすると、中盤に述べられる「死の時間」という言葉は、単に、死をめぐる思索の上で「気づき」だけにとどまらず、後半、自分自身が危篤状態に至ることへの伏線にもなっている訳である。ノンフィクションではあるけれど、この点で、よく練られた小説的な結構も感じないではなかった。愚妻も、この作品を私に続いて読んだが、間違えて「この小説は〜」と感想を述べはじめたところをみると、あながち私の個人的印象でもないようだ。 「この短い作品で、どこが金沢大学の問題に出たかわかる?」と質問すると、「自分が今いる「生と死の時間」を、看護婦さんに「ラブラブ」と言われて驚き、「死の時間」として実感する場面でしょう。」とぴったり当てた。確かに入試問題にするにはここしかない。 江藤本人が驚いている、この「ラブラブ」発言。でも、この話を読んでの感想は、羨ましいまでの「ラブラブ」だということ。文学的には「気づき」の箇所が重要だが、読んで感動するのは、<夫婦愛>そのものである。 1999年、江藤の自殺の時、タレントのおすぎとピー子が、「日本の男は妻に頼り切りで、先立たれると脆い人が多いのよ。情けない。」と一刀両断したという。日本男性は、「妻=母性」で、お母ちゃんを亡くした子供のようなものだということなのだろう。「成熟と喪失ー母性の崩壊ー」の作者は、見事、おかまさんにばっさりやられているようである。 西郷隆盛を描いた「南洲残影」(文芸春秋社)での、死への近親性の表出。そして、「妻と私」の心情と体調のレベルで、次に脳を病み、知的活動が制限されたとしたら、
心身の不自由が進み、病苦が堪え難し。去る六月十日、脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は、形骸に過ぎず、自ら処決して形骸を断ずる所以なり。乞う、諸君よ、これを諒とせられよ。 平成十一年七月二十一日 江藤淳
という、近来珍しい漢語調のこの遺書を残して自裁するのは無理がないような気がしてならない。「妻と私」の論理にあてはめると、「日常と実務の時間」に、自己のアイテンテティを見いだそうと、自分を奮い立たせて何とか努力中の人間が、再度の病魔のため、それさえも奪われてしった訳で、彼には、よって立つものがなくなってしまったのだ。「乞う、諸君よ」と呼びかけ形式になっているのは、仕事の謂いを含む「日常と実務の時間」の向こうに見える読者の存在を意識しているのであり、彼は、唯一、読者に向かっては自己の行為を申し訳なく思っているのだ。(例えば「漱石とその時代」の未完のことは気にかけていただろう。) ただ、我々は、こうして彼が自殺したことを知っている。だから、既定化された地点から、「妻と私」中に現れる自殺意識の要素だけを抽出し「無理なし」と思ってしまうという御都合主義的解釈で見ていることを承知の上での感慨ではあるが。(つづく。但し、当分先。)
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