ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
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2006年01月04日 :: 年賀状に見る平成の大合併 |
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年の暮れ、年賀状の住所を書いていて、ちょっと混乱した。平成の大合併とやらで、全国各地で地名に変更があったからである。宛名を書きながら、知っている範囲で、新住所に書き直さねばならない。 郡部が市になった場合、旧の町名が残っていて、郡名の部分を市の名前に替えるだけでいいところと、旧村町名が滅んだところがある。地域によってまちまち。統一がとれていない。町と町の場合は、形は一応同列なので、微妙な力関係による綱引きがあったことが仄見える 能登外浦の町、富来町は、隣の志賀町と合併して志賀町となった。富来の名は地域名の上に「富来○○」と被せる形で、何とか存続させている。同じような面積同士だったのに志賀が上位にきたのは、表向きの理由はどうであれ、志賀原子力発電所が立地していて、莫大な補助金が入って潤っているからだろう。金は力なりである。 また、旧町村が滅んで広域で市になったところは、昔のどのあたりのことかさえ判らなくなった。 例えば、近隣では、松任市と白山麓六町村が合わさって、白山市が誕生したが、その結果、驚くほどの広域となった。 ニュースで、交通事故が白山市どこどこであったと報じられても、そのどこどこという地域が小さいと、金沢市民にはわからない。山間部であったのか、海沿いであったのか。これが、松任市徳光いわれたら、徳光がどこにあるかわからなくても、まあ、松任なんだから平野部だなと判るし、白峰村桑島といったら、白峰村は白山中腹の村。山の中で事故があったのだなと判る。ところが、今は、全然、イメージが湧かない。中域の名称がすっぽり抜けているからこういうことになる。 そもそも、松任市は加賀平野のど真ん中、海と平野の文化だし、六町村は、白山合衆国を名乗っていたくらいで、山の文化である。その文化の違う地域が一緒になっても、市としての独自性を出すことは難しかろう。住民も新市に対しての愛着が湧きにくいのではないか。 特に、この市の場合、地図を見ると、中央部が細いネックになっていて、瓢箪のような形をしており、同じ市だということ自体、奇異な感じである。便宜的で長続きしない、国から助成金もらうための「方便」という感じがしてならないのだけれど、地元の人はどう思っているのだろう。白峰の人と徳光海岸の人、自分たちは同じ地域の仲間と思うだろうか。 風の噂によると、スキー場を七つも抱えることになって、赤字が財政を圧迫するので、数カ所、廃止することになるらしい。赤字でも村の活性化のためなんとかやっていたところなど、唯一の冬場の収入源が断たれ、その旧村地域は見るも無惨な廃れ具合になることが予想される。 今年来た年賀状で、ようやく友人たちの正しい住所を知ることとなった。能登の鳳至郡の一部の町と珠洲郡の町が合併して、能登町という広域の町になったのは知っていたが、そこを鳳珠郡と呼ぶということなどはこの葉書で知った。同じ県民でも我々加賀の住人にはもう分からない。そもそも、郡という概念自体が今度の合併でがたついてきている。 今は違和感があるけど、何年か経つと、それでも慣れてくるだろうか?
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