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 私の「かあてんこおる」U 2001-補録 
金沢市民劇場

 劇評(観劇感想文) 私の「かあてんこおる」

 この頁は、「劇評」(観劇感想文、観劇レビュー)を掲載します。演劇鑑賞団体「金沢市民劇場」に入会して二十年近く、演劇を定期的に観てきました。そして、気が向いたときに、短評を、機関誌「かあてんこおる」(感想文集)に掲載してきました。その一部(2001年〜)を、ここに掲載しています。
 なお、2001年までのものは、「私の「かあてんこおる」」「私の「かあてんこおる」U」として出版しています。ご希望の方は、連絡くだされば、無料で差し上げます。なお、メールアドレスはプロフィール頁にあります。

  祭ばやしは遠くに プロジェクトY企画  2003.7

勝負に出た?

       プロジェクトY企画公演「祭ばやしは遠くに」

         平成十三年金沢市民芸術村アクションプラン

            実行委員会 ドラマ工房 

           「松田正隆戯曲講座・戯曲集」より

前 略
 作・演出の久田勉(筆名 阿寒弁)さん、制作の柳沢謙二さん、お芝居拝見しました。私の観た最終日は、補助椅子も出る大入りで、大成功裏の千秋楽、本当におめでとうございます。
 観劇後の一口アンケートにも、多くの方の色々な讃辞が書かれていたとは思いますが、帰宅後、私なりに、少し考えをまとめて感想をしたためることにしました。妄言お許し下さい。

  明治維新期の金沢を舞台にした、プロジェクトY企画第一作『月夜の晩の出来事で……武士と呼ばれた侍が』、戦前の四高生を主役にした青春物語だった第二作『北の都に』に較べ、今作は、一家のリビングを舞台にした<現代>劇。舞台転換のない一幕物でした。金沢が一応舞台にはなっていますが、それに大きな意味はないようです。時代性や地域性に頼ることなく、じっくり芝居を見せていくタイプの、いわば正攻法の舞台と言えます。勉ちゃん作の一作目に比べ、お話に作者の個人的な想いが、今回、はっきり出ていて、作・演出家として勝負に出ている(?)なと感じられるお芝居でした。
 勉ちゃんの、国語教師として言葉に関心が深いという立場は、この芝居では、ピントのはずれた四字熟語を多用する、今村家の長男の彼女山川由紀の台詞や、言語に若干の障害があり、言いたいことは充分伝わるのだが、言葉自体は少々おかしい居候の石田公平(今田順也)の言い回しなどに反映されています。特に、如何にも現代娘らしい今風言葉の中に四字熟語が発せられるのですが、普通、現代娘は、ほとんど四字熟語を知らないので、芝居でやると、とってつけた感じになっても不思議はないのに、実にぴったりとしていて感心しました。もちろん、自家薬籠中にしていた役者さん(中山優子)がうまかったからでもあるのでしょう。
 冒頭、今村家の長女で高校生の宏美(辻子真由美)と、公平のやり取りは、年若の二人の演技と言うこともあり、少々、高校演劇的な臭さを感じて、大丈夫かなという気になりましたが、大人の役者が出てきたあたりから、この心配は消えました。特に、竹中直人似の叔父さん役(橋本明央)は怪演。団子を食うだけのシーンでも、観客の視線を独り占めしていました。さすがです。
 おそらく、作・演出家としては、若者のトンチンカンな日本語表現に、もっと笑ってほしかったのではないかと思うのですが、中盤、竹中直人(?)の活躍で、ようやくお客に笑いが増えてました。その点、演技ではなく、台詞自体の面白さで笑わせることの難しさを感じないではいられませんでした。作者の勉さんの想いは如何?。
 もう一つ、この芝居に、勉ちゃんならではの立場や個性が発揮されていると思ったのは、障害者の自立を大きなモチーフにした点です。この二つの意味で、この芝居は、前作に比べはっきり「勉ちゃんの芝居」になっていると思いました。
 やけくそになり、障害者は施設に入れば良いではないかと叫ぶ長男豊(新木弘章)に、体の障害はフォローできるが、知的障害はどうにもならない面がある。彼らに必要なのは、仕事の職種や内容ではなく、「仕事をすること」であり、その前向きな気持ちが大事なのだと力説する父親に、この芝居の主題がのっているわけですが、浪人中で、前向きな気持ちを見失しないかけている長男を配することで、この主張は対比され、また、前半、ドタバタする後に、こうしたテーマがさっと語られるだけに、シンプルに観客の心に入ってくる、そうした仕掛けも、実に自然だったように思います。
  勉ちゃんは現在の特殊教育学校の教師という仕事がら、障害者の問題について、それこそ、こうであればいいと、色々な思いが日々交錯しているのではないかと思いますが、でも、それを多く羅列しているだけでは、芝居にはなりませし、人に感動を与えられません。多くの人にとって、障害者の問題点は自分に関係ないし、よく分かりません。それを事細かに説明してもピントもきません。色々問題や思いがある中で、一番の課題であり、大切であると思ったことを一点、作者が掬い取り、作品の中にさりげなく表出させる、観客は、それだけで、他の多くの問題も理解するものなのではないでしょうか。芝居はシンプルな主題ほど人々の心に入ってくることは、私自身、これまでの観劇の体験から感得しております。そうした載せ方のコツをよくわかっているなあと失礼ながら思いました。
 劇、だんだんうまくなっています。
 もちろん、勉ちゃんの、言いたいことが沢山あるだろうというは、私自身に振り返ってもいえることです。高校の受験教育の片棒を担ぎながら、今の石川の高校教育は、どんどん悪くなっているとしかいいようのない新たな問題が噴出しています。でも、私が、もし、どこかでそのことを、羅列しながら声高に主張しても、おそらく、単に愚痴を言い散らしているだけにしか映らないでしょう。「作品」というのは、強いなあというのが実感です。
 作演出以外でも、全体として、第三弾ということで、運営は手慣れたものになってきているように感じました。代表・制作の柳沢さんのご苦労のほどが感じられます。

  さて、作った当事者には当たり前のことで、大雑把な感想ばかりでは、次の作品に続かないかとも思うので、以下、気になったことを、それこそ、羅列したいと思います。
 細かいことですが、子供達の父親今村孝(カルロス田中)への言葉遣いのことです。父親は軽い人物で、子どもとの関係も、昔のような上下関係ではなく、友達的な関係だということは分かっているつもりですが、言葉の端に使われる言い回しの問題として、息子たちにぞんざいな言い方があって、あれは、ちょっと違和感がありました。これは最近の芝居に共通した違和感で、父にくってかかっていても、親としての敬意を失わない(あるいは、敬意などなくても、言い回しとして失礼な言い方をしないという配慮のある)言い回しがあるはずなのに、芝居では、立腹イコール父を見下したよう言い回しになって、発言内容以前に、この親は、こんな言い方されて、なぜ怒らないのか、いったい何やっているんだという気になってしまいます。父は主人公を家に置いて、なんとか実社会に出そうとした善意の人で、テーマを述べる大事な役まわりなので、そうした意味で、台本の上での父の扱いと、役者の人物把握・演技は私にとっては、再考の余地があるように思いました。
 また、モチーフの1つとして、公平の異常なお団子好きがありましたが、なぜ好きなのか種明かしがあるのではと思いながら観ていたのですが、「昔の記憶と関係が」程度の台詞しかなく、もっと、説明があったらよかったと思いました。
  最後のシーン。将来の決まらない長男と公平だけが、舞台に取り残され、あと人物が裏の台所にはけ、散らかった茶葉の掃除をしているという設定でしたね。この時、裏の声が大きすぎました。あれは舞台に二人取り残し、泣く彼を慰める大事なラストのための演出なのだから、さっさと裏の声はフェードアウトさせるべきでした。後ろが大騒ぎをするせいで、場面の重みがなくなって、最後の決めシーンであることに気づかず、暗転の際、多くの観客が終わりの拍手してもいいものかちょっと悩みました。
 パンフレットの第一印象がよくなかったので、これも、ちょっと注文します。表面は、全面、イラストにタイトルと弁氏の名前のみ。いったいこれはなんの紙だと困惑。情報をえようと、絵の中の細かい字を読んでしましましたが、それは絵の一部としての文字で、意味がわかりませんでした。裏をみて、はじめてそちらのほうに全ての情報が書かれてあることに気づきました。それにしても、期日・場所の記載が全然目立たなく書いてあって目が泳ぎました。何月何日にあるのかは、シュケジュールが立て込んでいる現代人にとって、ある意味、タイトルより重要です。まず、その日、行けるか行けないか、そこからスタートですから。そのあたりの配慮がパンフレットのレイアウトに必要だったように思いました。
  以上、製作の柳沢さん、勉ちゃんには言わずもがなのことだったかもしれません。今頃は、みんなで打ち上げでもしている時間ではないかと思います。ここに一人、先ほど観た芝居を反芻している男がいて、こんなことしているのは、関係者以外では珍しいのではないかなと思いながらしたためました。
 今頃、絶対、第四弾の話をしているにちがいないと思いながら……。                                                                        草 々
       平成十五年七月十三日
                                                           
 久 田  様   柳 沢  様

                                                    (2003・7)
           (於金沢市民芸術村ドラマ工房ピット2)

    [1] 
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「わたしの「かあてんこおる」「同U」目次

 

 劇評小冊子「わたしの「かあてんこおる」「同U」に掲載されている劇名は、以下の通りです。該当の左のボックスをクリックして下さい。

 

「わたしの「かあてんこおる」
 一 九 八 六 〜 八 八 年                              
『おんにょろ盛衰記  三年寝太郎』
『罠』                         
『払えないの? 払わないのよ!』                     
『頭痛肩こり樋口一葉』                       
『こんな話』                     
『プラザスイート』                   
『薮原検校』                 
『夢の降る街』      

 

 一 九 八 九 〜 九 〇 年                                
『闇に咲く花−愛敬稲荷神社物語』                             
『夜の笑い』                           
『三婆』                         
『砂の上のダンス』                       
『炎の人−ゴッホ小伝』                     
『エセルとジューリアス』                   
『唐来参和』                 
『ミュージカル 船長』    

 

 一 九 九 一 〜 九 三 年                              
『雪やこんこん』                             
『音楽劇 楢山節考』                           
『おもん藤太 文七元結』                         
『日本の面影』                       
『気になるルイーズ』                     
『リチャード三世』                   
『遺産らぷそでぃ』          

 

一 九 九 四 〜 九 五 年                              
『奇妙な果実』                             
『がめつい奴』                           
『荷車の歌』                         
『花石榴−友禅の家』                       
『枯れすすき−野口雨情抄伝』                     
『正しい殺し方教えます』                   
『喜劇 キュリー夫人』                 
『マンザナ、わが町』               
『サンダカン八番娼館−底辺女性史序章』             
「あ と が き」

 

「わたしの「かあてんこおるU」
一九九五年(承前)
 九月『とってもゴースト』                     
 十月『グレイ・クリスマス』                     
 十一月『セイムタイム・ネクストイヤー』       

 

一九九六年
 二月『フィガロが結婚』              
 三月『一本刀土俵入り・舞踊藤娘』               
 六月『頭痛肩こり樋口一葉』                   
 七月『欲望という名の電車』                 
 九月『哄笑』                             
 十一月『ロミオとジュリエット』         

 

一九九七年
 一月『馬かける男たち』          
 四月『キッスだけでいいわ』    
 六月『君はいま、何処に…』     
 七月『カラマーゾフの兄弟』   
 九月『越前竹人形』         
 十一月『花よりタンゴ』   

 

一九九八年
 二月『サロメの純情』                         
 四月『さぶ』                               
 六月『ニノチカ』                         
 七月『夏の盛りの蝉のように』           
 九月『根岸庵律女』                   
 十一月『橙色の嘘』

 

一九九九年
 二月『朝焼けのマンハッタン』          
 四月『女の一生』                    
 六月『青空』                      
 七月『愛が聞こえます』          
 十月『研師源六』              
 十二月『きらめく星座』           

 

二〇〇〇年
 一月『どん底』                              
 四月『鳴神・狐山伏』                      
 六月『野分立つ』                         
 八月『キッチン』                       
 九月『黄金色の夕暮れ』               
 十一月『見よ、飛行機雲の高く飛べるを』

 

二〇〇一年
 三月『湧きいずる水は』                        
 五月『ら抜きの殺意』                          
 七月『ほにほに、おなご医者』                
 十月『冬物語』                            
  十二月『崩れた石垣、のぼる鮭たち』      

 

補 録
『青春デンデケデケデケ』                          
『月夜の晩の出来事で、武士と呼ばれた侍が』      
『すべて世は事も無し』                        
 あとがき

                                       

 

 

 

 

 

 

(井上ひさしの戯曲単行本 左は名前を間違って訂正してある貴重本 運営者所有)

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