ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
内容は、文学・言葉・読書・ジャズ・金沢・教育・カメラ写真・弓道など。一週間に2回程度の更新ペースですが、休日に書いたものを日を散らしてアップしているので、オン・タイムではありません。以前の日記に行くには、左上の<前月>の文字をクリックして下さい。
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病院で寝ていると、夜、サイレンが遠くの方から近づいてきて、真下で音が止まる。今日も急患が運ばれてきたらしい。病院で寝ているのだなと実感する瞬間である。遅い冬の嵐。窓の風きり音の間に間に、ちぎれるような微かな断続音で最初は聞こえてくる。それが連続して聞こえるようになると、まず、目的地は我が仮の寝所である。幾晩か続くと、そんな微かな音もかなり早くから区別できるようになる。どんな病気で運ばれてくるのだろうか。 日本人の八割が、病院のベッドで死を迎えるのだという。交通事故死で即死といった不慮の事故や、意識して自宅で死を迎える行動をとった人以外は、確かに死に場所は病院だ。天井をにらみながら思うことは、こうした天井の景色が、最後に目に入った風景ということになるのだろうかという感慨である。 人は天井の何を観て死ぬのだろう。ボードのうねうねした模様? それ以外は、骨折した足などを吊るフックが三カ所ほどついていてる。あるいは、スプリンクラーの放射穴?それくらいである。眺め続ける視線の意味はまるでない。 階下の病棟は、ターミナルケアの病棟であるという。内廊下から部分的に見える階下は、確かにこの階に比べて人の出入りがあまりなく静かである。エレベーターに乗っても、その階のボタンを押す人はあまりいない。整形外科病棟に比べ、回転が悪く、患者自体の出入りがあまりないせいもあろう。私もその階には降りたことがなかった。 ある新米看護師さんは、「整形外科病棟は明るくていいです。」と、自身が一番明るく言っていたけど、入院している我々にとっては、どっちにしろ病気なのだから十分暗い気分である。だが、比較の問題として、やはり、棟全体の明るさはこっちのほうがあるのだろうなとは感じた次第。 それにしても、死ぬときは、元気でぽっくり、本人も知らないうちにというのが一番いい。激烈な痛みを伴っての死、刻々と迫ってくる死に狂おしいまでに追いつめられての死というのはごめん被りたい。本当に辛そうだ。 一瞬の衝撃で即死というのもあるが、即死だから痛くないかといえば、そうでもなさそうだ。 昔々、こういうことを聞いたことがある。 ギロチン台は、受刑者の苦痛を避け、一瞬に死を迎えられるように考え出された慈愛の処刑道具だという。でも、本当に一瞬のうちに死ぬことができるのか疑問をもった人が、処刑されるに際し、首が落ちても意識があるかどうか、ずっと瞬きをして合図を送るから、それで確認してほしいと頼んだそうだ。 実際のところ、ごろん、と落ちた首は、しばらく瞬きをしていたそうで、結構、生きているみたいである。その間、痛くないのだろうか。
この連想で、話はどんどん横ずれする。 子供の頃、田舎で、さっきまで生きていた鶏を締めて夕食のめった汁を饗されたことがある。歓迎のご馳走なのだが、首を締める現場はさすがに見なかったものの、素人が捌いたので、少し鳥肌に羽毛が残っていて、それで、さっきまで、元気だったあの鶏であったことがわかってしまった。子供心に、可哀想で可哀想で、2年間ほど、かしわを食べることができなかった。大人って、なんと残酷なのだろう。 なぜ、この話をしたか。実は、愚妻も、子供の頃、同じような経験をしていて、こっちは、首のない鶏が、かなりの時間、バタバタ庭を駆け回っているのを目撃したそうである。 現場を見たくだんのガキん子はエーッと思ったそうだが、それを見せたこと自体、教育的なのやら非教育的なのやら。 ところで、鶏肉は、美味しく頂けたのだろうか。私は聞くのをためらっている。
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