ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
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2005年04月20日 :: 中山恒「おれがあいつであいつがおれで」(旺文社文庫)再読。 |
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これは、病院の食堂(デイルーム)の本棚にあった。表紙の少々傷んだ文庫本。棚から一掴み、懐かしく読み返した。1979年4月より一年間「小六時代」に連載されたとのこと。四半世紀以上昔の「児童図書」である。 この物語、映画「転校生」の原作になったことで知られ、私も、あの映画を観てから、気になって本のほうも読んだくちである。映画のほうの印象があまりに強烈だったので、本のほうは「子供向け」という先入観からか、流し読んで終わっていたような気がする。 映画は、大林宣彦監督の尾道の情景描写が秀逸で、瀬戸内のローカル色が、男と女の体が入れ替わるという奇想天外な設定をしっかり地につかせていた。しかし、小説の方はそうした地方色はない。入れ替わったドタバタ自体が話の中心である。 思春期にちょうどさしかかった子供が、体を入れ替わることによってお互いの性差を知るようになる。周りのかくあれという期待像も全然違う。いわば、この話はジェンダーに気づく物語である。しかし、物語はそれだけで終わっていない。できることできないことを知ることによって、相手を思いやる気持ちを持つようになる。つまり、思いやりに気づく物語である。そして、異性を思いやるとは、つまり、初恋の物語でもある。 我々の世代に、あの映画を青春の宝物にしている男性は多い。私もそう。小林聡美が可愛かった。確か東京のどこかの二番館あたりではじめて観て感激し、後日、無性にもう一度観たくなって、遠く、二子玉川かどこか、多摩川べりの映画館まで、電車に乗って観に行ったことがある。行ってみると、そこは古ぼけた遊園地の一角にあり、うら寂しい雰囲気が漂っていた。映画を観た後、ちょうど近くのバス停で、下宿のある目黒駅行きのバスがあったので、かなり待って、それに乗って帰った。 バスは幹線を走るかと思えば、小道に入り、私鉄の小駅の駅前に寄り、また幹線に出るを繰り返す。数えると四十数バス停。一体、いつ目黒につくのだろう、永遠に知らない小駅に寄り道し続けるのではないだろうかと、ラビリンス気分を味わった。 何年も東京住んでいて、主要駅周辺は知っていても、少し中に入ると知らない場所ばかりである。時々知っている場所が現れると、ああ、ここに出るんだと安心するのだが、その時は違った。ずっと知らない街が続く。もちろん、延々乗っているのは私一人。他の乗客は乗ってきては降りるを繰り返す。 その上、それだけ乗っていたにも拘わらず、均一料金というのが不思議だった。まだ市内にもかかわらず、どんどん料金が上がっていく、どこかの地方都市の独占バス会社とは大違いである。 この文庫本を読みながら、私は、あの、うらぶれた映画館と、見知らぬ光景を窓越しに観ながら乗っていたバスの乗客、つまりは若き日の私を思い出す。あの映画を観に行かなければ、あの小冒険はしなかっただろう。また、もし、あのバスに乗ったとしても、印象には残っていないだろう。映画を観た、その心の緩み具合(?)で観た窓の景色だからこそ、すっと心に入って一生忘れられない光景となったのだろう。 これ、映画とは全然関係がないような話だが、私にとっては、やはり、あの映画がなければ成立しない景色なのである。 読んでいくと、映画の印象的な台詞がそのまま出てきた。それは大林さんがそのまま使っただけのことなのだけれど、ああ、ここを使ったのか、大林さんにとって、この話で、ここを使わなきゃと思ったんだなと、作品制作過程がみえるようで興味深かった。 ただ、残念ながら、多少の古さを感じた部分もある。 元気なオレは、「あっ」と思った時、「ナムサン」と叫ぶのだが、こんな言葉、今や誰も使わない、確実に註がいる。(註…「南無三宝」の略で、「仏・法・僧にお願いします」の意)。 他に、女の子はいずれ花嫁さんにいくのだからというような大人の意識が描かれているのだが、これも、昔ほど、世間で絶対的にそう思っている大人の数は減っているはずで、その結果、登場する大人はみんな古風な人たちばかりのように映ってしまう。 あれから四半世紀。 それなりに時代は動いたのである。
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