この連休、100円ショップに行って、ネクタイと靴下を買ってきた。 私は、服装には頓着しないほうで、ネクタイ選びも、自己主張しない色と柄を選ぶ。どんな背広を着ても違和感がない方が気が楽。朝、色が合わなくて、何本も胸に当ててみるなんて行動は、真っ平御免である。 愚妻は、目につくものだから、100円ネクタイだけはやめといてと言うのだけれど、私は気にしない。現に、もう洋服ダンスに数本かかっている。 背広も吊り下げ既製服で充分である。ここ5年ほどで買った背広は、大型スーパーの1万円台背広である。これで充分。
ただ、ちょっと問題が起こりそうになったことがある。 職場の隣の隣に座っていた若手が、「これ、ジャスコで買ってきました。1万円で問題ないですよ。」と見せびらかした背広を、えっと思ってよく見ると、私が、先日、別のジャスコで背広選びをして、どれにしようか、最後まで迷った2着のうちの1着だったのである。その時、私が着ていたのが、そのもう一着。危ないところで「お揃い」になってしまうところだった。実は俺のもそうだと彼に言ったら、マジマジと私の柄を点検し、これも候補にしてましたと言うではないか。 本当に危なかった。
この時、隣に座っていた男は、ラグビーの専門家なので、イギリス大好き人間だった。バチッと英国風デザインのオーダーメイドを着こなしている。1着10万円だという。人間、どこにお金をかけるか、本当に人それぞれだなというくらいの気持ちでみていたのだが、そんな彼だって、吊り下げを着てくることもある。当たり前だ。同じ商売、同じ給料である。反対に、私だって、いつも1万円背広ばかりではない。ちゃんとした吊り下げ(?)を着てくることもある。 そんなある日、ジャスコ背広仲間の若手の彼が、われわれ2人の格好を見て言ったものだ。 「田辺さん、それもジャスコですか? ○○さん、いつも決まっていますね。それは10万円くらいですか?」 この時、2人は同じくらいの値段だったのである。 以来、私は、自分の着ている服装の安さを得々としゃべるのは止めようと決心した。本人は、コストパフォーマンスのよさ、ひいては、買い物上手をアピールしたくて、しゃべるのである。だから、相手から「ほう、そうは見えませんね。」と言ってくれるのを期待しているわけだ。それが、こういうリアクションになるなんて……。
四十歳で独身の男性がいた。地球を股にかけて歩くタイプである。身なりを気にしないこと、私の比ではない。背広は2着だけ。ワイシャツは6枚だけ。普段着は寝間着代わりのジャージ1枚。終わり。という猛者である。ワイシャツは毎曜日用で、日曜日にまとめて洗濯するから6枚なのだそうである。一度、寝坊してジャージのまま職場に現れた。普段着兼寝間着代わりのジャージであるからして、見るからに薄汚い。スポーツのために着ているのではないことが、ヨレヨレ加減で分かる。 おそらく、給料の多くは、海外旅行に費やしているのだろう。彼は人が行ったことのないようなところへ、平気で一人で侵入する。銃口を向けられて命を落としそうになった話など抜群に面白く、彼の真骨頂であった。 その彼と話していて、たまたま、ネクタイピンの話になった。 私が、「男稼業を長年していると、人からのプレゼントとか、団体からの記念品とかで、自然にピンが増えてくるよね。」と、何気なく言ったら、「えー、そうですか。俺は1本もないけど……。」といって、えらくショックを受けていた。 自分がファッションにいかに無頓着かを得意げに語る割には、そんなところではひどく落ち込むのが可笑しかった。 彼の無頓着話を聞きながら、ちょっとなあと思ったので、思い切って、こう言ってみた。 「××さん、私は男だから、あなたの発想はよくわかるよ。でもね。女の人にこの手の話、絶対、言ったらダメだよ。あなたの話を聞きながら、私が女だったら、絶対、そんな人とは結婚したいとは思わないだろうなって思ったから。あなたがファッションにお金をかけないように、この人、私にお金をかけてくれないだろうなって女性は思うものだよ。」 暫く沈黙。そして、ポソッと、「そうかもしれない……。」 彼は私に言われて、はじめてすべてを納得したようだった。絶対に、その日、彼は落ち込んだに違いない。 今年、その彼からの年賀状に、「私も身を固めました」と書かれてあった。 彼は、私の進言を覚えていただろうか。 最近、会っていないけど、少しは服も増えたに違いない。
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