ものぐさ 徒然なるままに日々の断想を綴る『徒然草』ならぬ「ものぐさ」です。
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2005年05月28日 :: 読者を特化させる 丸谷才一『輝く日の宮』を読む。 |
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随筆ばかりを読んでいた入院生活の中で、本格小説は、丸谷才一『輝く日の宮』(講談社)一冊だけだった。これも、発売後すぐに買ったまま積ん読だったもの。この時に読むには最適だと持参した。結局、読了したのは退院間際であった。一気に読むには情報が詰まっていて、ちょっとしんどかったからである。 「輝く日の宮」のという言葉は、「源氏物語」桐壺の巻に、藤壺の入内の様子を描く箇所に出てくる。私は、何年もその箇所を授業で教えていたことがある。 「源氏物語」論が絡んでくるのは、だから、予想していたことだが、これがなかなか出てこない。最初の章を読むと、古めかしい明治小説ばりの文体で、こんな感じで、全編通すのだろうか、読者は読むだけで大変だという思いがよぎる。次の章で、通常の文体に変わり、これは主人公の女子高校生が書いた泉鏡花もどきの小説であることが明かされるのだが、いくらその後、国文学研究者になった主人公とはいえ、泉鏡花を愛読し、鏡花ばりの小説が書ける高校生など、ちょっとあり得ない。最初からリアリズムなどを無視している訳で、いかにも丸谷の小説らしい。 出てくる人物の深い心理の彫り込みなどという煩わしいこともあまりしていない。そのため、人物は類型的で、作者がコマを動かしている印象が強い。これも従来通り。そんなところに力点を置いていないのである。 この小説、『女ざかり』(文芸春秋社)と同じく、ある種の「業界小説」である。前作が女性新聞論説委員だったのに対して、こちらは女性国文学者。国文学学会の内情がうまくパロディ化されている。国文学の学会という禁断の(?)場所を覗き見するというのがまず第一の楽しさである。こうした目のつげどころは彼の得意技だ。 ただ、学会でのやりとりをそのまま書くと、専門的すぎて、読者に分かりづらいという配慮からか、専門家集団の学会で、こんな自明のことを自明のことだと断ったうえで、わざわざ話さないだろうに……という箇所が散見された。このあたり、作者の苦しい配慮である。 この小説は、一言で言えば「情報小説」である。もっと言うなら「蘊蓄小説」である。つまりは「トリビア小説」。 「芭蕉の奥の細道は、源義経鎮魂の旅だったのではないか。」「源氏には今はない「輝く日の宮」という帖があった可能性がある。」 「ヘー」という感じである。 あの人気テレビ番組、情報を知っている人には、何が面白いのか分からない。「そんなことが珍しいの? 常識。」で終わってしまう。が、知らない人には確かに面白い。つまり、知らない業界の小ネタ集なのである。この小説、それと似た情報が詰まっている。 後半、ようやく出てきた源氏成立論は、成立の学説紹介として分かりやすい。その上で、主人公の口を借りた丸谷自身の意見の開陳がある。国文学の学識と興味がある人には面白かろう。だが、一般にはちょっと重い話題である。 どうして、この源氏成立論を小説仕立てにしたのだろう。 初期の傑作『たった一人の反乱』(講談社)は、最後の演説に主題がしっかり乗せてあった。それと同じように、彼の眼目がこの最後に語られる源氏論であるのは明白である。だとしたら、『忠臣蔵とは何か』(講談社)のような形の評論でも充分面白かったのではないかと思ったのである。 しかし、うがった考えもよぎる。彼も老齢である。評論としてカチッとまとめるには大変な労力がいる。対して、小説にして、主人公の口を借りれば、口語で語ることになり、自分の学説の発酵過程をそのまま語ることができる。多少、舌足らずな言い方があっても、登場人物がしゃべっているのだから許される。つまりは、せっかく考えた学説を、そのままにして死ねないという発想が、この小説につながっていったのではないか。 そして、そうした批判を逃れるために、女主人公が、自己の学説を小説という形で発表しようとするという展開にすることによって、この小説の執筆意図自体に重ね、必然性を持たせようと目論んだのではないか。なかなか巧い「逃げ」であると感じたのだが、どうだろうか。(つづく)
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